燃え上がる長屋を火消しへと委ね、屯所へと戻った土方と沖田は、近藤の自室へと集まっていた。部屋の主である近藤が腰に差していた刀を抜きながら座ると、それに倣うように土方らも腰を下ろす。
 屯所の奥に位置しているその場所は、隊士たちが訪れることは少なく、静寂に満ちていた。ただただ、勢いを弱めた雨の音が屋根を打つ音ばかりが響く。

「で、どうするんでさァ」

 沈黙を破ったのは沖田だった。その視線は真っ直ぐに近藤へ向けられている。
 沖田の声に一度視線を向けるも、すぐに俯いて唸る近藤の手には文が握られていた。

「近藤勲殿、ねぇ」

 生真面目、という言葉が似合う字面のそれを読み上げ、再びうぅん、と唸る。
 裏に反しても差出人の名がないそれは、桂の部屋で沖田が見つけたものだった。ゆえに名が無くとも、それが奴からのものであることは容易に想像できた。

「近藤さんに宛ててあるんでィ、早く読んじまいましょうぜィ」

 いくら経っても決心がつかない様子の近藤に、いい加減焦れてきた沖田は握られている文を取り上げようと手を伸ばす。
 しかし、その手が文に触れるより早く、近藤はそれを自分の方へと抱き込んだ。

「いやいやいや、総悟くん!これ、俺宛てだからね!」

 何の面目なのか、必死に文を守る近藤に、ならば早く読めと視線を送る沖田。そんな2人のやり取りを見ながら、土方は懐から煙草を取り出して火を点ける。

「わかった!わかったから、ね!」

 実力行使に出ようとした沖田に危機感を覚えたのか、近藤がそう叫びながら半ば勢いで文を広げた。
 ちらり、と見えた流麗な文体に、土方は己にはない学というものを感じて面白くない感情を煙と共に吐き出す。

「‥‥、」

 文章を追う近藤の目が男のそれに変わるのを見ながら、言葉を待つ。
 まもなくして、文へと向けられていた視線を外した近藤は、一つ息を吐いて土方らを見る。

「何て書いてあったんでィ?」

 先の雰囲気はなく、どことなく緊張した空気が部屋に満ちる。
 沖田の視線を受けながら、近藤は傍らの刀へと手を伸ばした。

「トシ、総悟」

 カチリ、と鳴った刀を握りしめて、近藤は真っ直ぐに2人を見据えた。
 そこにあるのは、一人の男、侍としての近藤の瞳。

「桂に、会いに行く」

 告げられた言葉に、土方も沖田も僅かに目を見開く。
 しかし、次の瞬間に沖田は刀を取り、土方は煙草の火をもみ消した。



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