江戸最大の歓楽街・かぶき町のネオンが微かに届く、奥まった長屋の一角。先刻から降り始めた雨に身を隠しながら、数人の黒が動く。

「副長、全員配置に付きました」

 薄暗い闇に浮かぶ一点の赤。咥えた煙草から紫煙を燻らせながら、土方は小声で報告してきた隊士に頷き返した。その傍らには緊張と興奮の混じる殺気で瞳を輝かせる沖田の姿がある。

「‥総悟、」
「わかってまさァ」

 ありありとわかる殺気を雨の滴に溶かしながら、土方の方を見ることなく沖田は笑む。皮肉にも、その表情は年相応に見えた。

 屯所に駆け込んできた山崎の報告により桂の不穏な行動を知った土方は、真選組の約半数の隊士を連れ、桂の潜伏先であるこの長屋を包囲していた。
 丁度、長屋に着いた頃より降り出した雨は、彼らにとっては願ってもいない後援となっている。気配を紛らせ、音を奪う雨は、包囲と突入には打って付けだ。

「副長、局長が着きました」

 雨に塗れて張り付く前髪を掻き揚げながら、もう何本目かも知れない煙草に火を点けようとしていた土方の元に山崎の抑えた声が届く。同時に、まだ完全には髪の塗れていない近藤が長屋の陰へと体を滑り込ませた。

「様子はどうだ、トシ」
「まだ奴さんは気付いてねぇみてぇだ」

 緊張の面もちで問いかけた近藤に、土方は紫煙を彼とは逆の方へと吐き出しながら応える。必然的に、それは沖田へと吐きかけられ、大げさなまでに顔をしかめて咳払いをする。

「いつでも突入出来るぜ」

 沖田の恨みがましい、土方死ね。という言葉を聞こえないままに、土方は指で挟んでいた煙草を捨てる。雨に濡れた地に落ちて、じゅ、という小さな音を上げてそれは消えた。
 同時にその場に満ちるのは、刃のように鋭い殺気。土方から発せられるそれに呼応するように、隊士たちも一気に殺気を発する。
 普段の温和な表情ではなく、“真選組局長”としての顔で、近藤は微かに笑む。

「突入だ!」

 すらり、と抜いた刃を長屋へと指し、近藤が叫ぶ。
 爆発的な殺気で雨を切り裂きながら、近藤、土方、そして沖田に続いて隊士たちが長屋へと突入していく。荒波の如く流れ込む黒は、障子を突き破りながら奥へと進んでいった。

「御用改めである!神妙にお縄につけ、桂ァ!!」

 そう広くもない長屋の最後の障子を足で蹴破りながら、土方が部屋の中へと入る。次いで沖田が、そして他の部屋を見ていた近藤が駆け込んできた。

「な、」

 その場の光景に声を上げたのは誰か。否、もしくは全員かもしれない。
 部屋の中央には白い物体。常に桂が傍に連れている謎の生物―エリザベスが、ぽつんと存在していた。

「ちっ、裏の奴らと合流して桂を探せ!」

 ほんの一瞬呆気にとられていた土方だったが、すぐさま逃げられたことを知り、後ろの隊士たちに叫んだ。盛大な舌打ちをする土方の横を通り過ぎて、沖田がエリザベスへと歩み寄る。その後ろを、近藤が同じように歩を進めた。

「『あの世で待ってな』」
「あぁ?」

 不意に聞こえた沖田の声に、苛々とした声が返される。隊士たちに指示を出し終えた土方は、不機嫌を全面に滲ませながら2人に並ぶようにエリザベスの前に立つ。そこで、目の前の白いそれがただの抜け殻で、人の気配など全くないことに気付いた。最も、普段からそれの気配など知りもしないのだが。

「随分な置手紙だなぁ」

 豪快に笑いながら、近藤はエリザベスの手に握られているプラカードを見る。殴り書かれたそれは、まるで自分たちを嘲笑っているかのようで、土方は憎々し気に睨みつけた。

「‥何でィ、こりゃ」

 エリザベス―正確にはその抜け殻―をぐるりと回りながら眺めていた沖田は、プラカードの裏に何か挟まっているのを見つけ、手を伸ばした。途端に、しゅっ、と白い煙が布の下から溢れ出す。
 不穏なそれは、普段、桂が使う爆弾を連想させるには十分だ。土方は即座に近藤の腕を掴み、下がらせる。

「近藤さん!」
「っ、トシ!総悟!」

 言うが早いか、3人はまだ残っていた隊士たちを連れ、長屋の外へと駆け出る。全員が退避し、振り返ると、それまで居た場所には煌々と火の手が上がっていた。



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