君狂い


>>火良



 狂っているのは、アイツか俺。乱されているのは、俺かアイツか。

 深夜の烏森。その地を守る結界師である時音と、先日拠点を移して来た夜行の面々は目の前の存在に緊張感を増していた。

「なんだよー。そんな怖い顔すんなって」

 彼女らの前に立つそれは、軽い口調で言いながら笑ってみせた。
 黒と赤を基調とした着流しを身に纏い顔面を包帯で覆うそいつの放つものは、凄まじいほどの妖気。それが他の何よりも確かに、敵であることを示していた。

「あんた、黒芒楼?」
「‥だったら、どうする?」

 問いに問いで返され、時音は結界を作るために組んだ手に力を込めた。彼女を中心として陣形を作った数人の夜行の者も、同じように戦闘態勢を強める。
 烏森に満ちるピリピリとした雰囲気に、そいつ―火黒は楽しそうに笑みを深めた。

「やめろ、火黒」

 いつ切れるとも分からない緊張の糸は、しかし、静かな声によって薄まり消えた。
 突然に響いたその聞き覚えのある声に、面々は何も存在していなかったはずの闇へと視線を移す。

「良、守‥」

 すぅ、と常闇から姿を現せたその人物の名を呼び、時音は困惑の表情を更に深める。 漆黒を身に纏った少年は、紛れもなく彼女らの知る人物。
 しかし、どうしてだろうか。今の彼には、普段とは違う感覚を覚える。言うなれば、そう。
 ――畏怖。

「火黒」
「わーかってるよ。やらねぇって」

 良守は、一瞬だけ火黒へと視線を向ける。その瞬間に、それまで発せられていた好戦的な気配が消えた。

「良守‥? あんた、一体‥。それに、火黒って!」

 先ほど知らされた目の前の存在の名前に、時音は元より夜行の連中も目を見開いた。
 忘れもしない。仲間だった少年を、殺した妖の男。
 しかし同時に、何故その妖がこの地にたった一人で居るのか。そして、何故そいつの名を良守が呼んだのか。多くの疑問が生まれては交じり合っていく。

「あーっと、結界師のお嬢さん」

 新たに生まれた緊迫の中には似つかわしくない間延びした口調。良守の存在に気を取られていた時音は、即座にその意識を火黒へと戻した。

「あんた、何考えてるの?」

 得体の知れない敵。対峙した時から崩されることのない笑みに、内の恐怖は増すばかりだ。
 しかし、目の前の妖が彼の仇だと知った今、恐怖より勝る感情が心を支配しようとしていた。

「何、って‥。俺さ、そっち側に行こうかと思って」
「え‥?」

 さらりと告げられた言葉に、頭が追いつかずに理解出来ない。今、あいつは何と言った。思考回路がフルに回りだす。

「いや、だからね。君らの味方になるって言ったの」

 何でもない事のように紡がれる言葉に、時音の手が震えだす。

「あんた、何‥、言って」
「そんな難しい事言ってねぇと思うんだけど?」

 確かに、言葉自体は実に簡単なものだ。だが、それ故に理解に苦しむ。

「‥、そ、んなの、信じられる訳ないでしょッ!」

 怒気の含まれた声が、夜の校庭に響く。季節を変え始め、風が肌を冷たく撫ぜては通り過ぎる。
 ピリピリとした空気が、辺りに満ちる闇を一層濃くしたように感じられた。

「まー、それでもいいんだけどね」

 あんまり関係ないし、と笑った火黒が一瞬にして影になった。臨戦態勢をとっていたにも関わらず、誰一人としてその動きを追うことは出来ない。まるで自分たちとの力の差を示すようなそれに眉根を寄せながら、奴の移動し先、ただ黙って傍観していた良守の居る方向へと視線を向けた。

「俺は、良守くんと居られればそれでいいし。ねぇ?」

 一同の視線の先。そこには、良守を背後から抱き締める火黒の姿だった。
 その姿には先ほど感じた嫌な感覚はなく、むしろ柔らかいとされ感じられる。

「良守‥、あんた‥」

 信じられない、と時音は眉根を寄せた。抱き付く火黒をそのままに、良守はただ時音を見ている。
 そう、見ているだけだ。

「‥‥‥」
「良守ッ!」

 悲痛な叫びが、深い闇に響く。何が救いなのかわからないまま、救いを求める。

「‥ごめん、時音」

 一瞬目を伏せて、しかし、その言葉は明確な意志を持って放たれた。これを何と呼べばいいのだろうか。
 悲しみ、憎しみ、困惑、疑問…
 いろいろと上げてみて、当て嵌まらないはずの言葉が最も合っている様な気がする。

「どう、して‥」

 掠れた声は、簡単に風にさらわれて消えていった。どうしたらいいのか分からずに、時音らはただ立ち尽くすしかなかった。



end.

前サイトから。
結界師アニメを見てたら、昔の思い出して。
火良が一番ヒットしてたんですよ。マイナー‥なのかなぁ

12.10.03