大切なもの >>普独 失ったものの大切さを知るのは、失った瞬間じゃない。その瞬間は、絶望に支配されて感情なんてものはないんだ。 だから、日常に戻ったときにその大切さを思い知る。 コトコトと煮立つ鍋を見下ろして、鈍い頭痛に襲われる。 泣くのか。と冷静に考える自分がいた。 「・・・・、」 鈍い頭痛、熱くなる目、苦しくなる呼吸。そして、頬を伝う雫。 「っ、」 ぽたり、と零れた雫が鍋へと吸い込まれていった。 鍋で香り立つアイントプフの中で、まるで涙だけ溶けずに沈んでいくように思えた。あの人が教えてくれ、初めて覚えた料理。 「に、さん」 いつも美味しいと笑っていた。あの姿が、目を閉じればすぐに浮かんでくる。まだ、はっきりとその姿を思い出せることに安堵する。 「にいさん、」 まだ、まだ覚えている。思い出せる。 笑顔も声も匂いも、温もりも。まだ、この体は覚えている。 「兄さん、兄さんっ」 目の前に立ち上った湯気が、一気に現実へと引き戻す。 一人分にしては多すぎる量のアイントプフが吹き零れて、辺りに香りが充満した。あの人との思い出を呼び戻す、香り。 そして、 「嗚呼、もう・・」 愛おしい人がもう戻らないという、香り。大切なものを失った痛みを呼び起こす、香り。 どんなに祈っても、願っても。失われたものは戻らない。もう、会えない。 笑い合うことも、抱き締め合うことも、口付けることも出来ない。 それが、現実。 「それでも、」 愛し続ける。愛し続けるんだ。いつまでも、いつまでも。 あの人の笑顔も声も匂いも温もりも。失う恐怖を抱えても、それ以上に愛し続ける。 「だから、」 また会おう、兄さん。 end. 前サイトから ギルッツは切ないのばっかり。もしくはエロか。 12.09.28 ← |