澄んだ青空に


>>最終回後捏造

 優しく嘘つきな彼は、哀しき罪深い善人



 悪逆皇帝が死に、世界には優しさが満ち始めていた。人々は力の支配の無意味さを知り、話し合いの大切さを知った。全ては、彼の望んだように変わり始める。
 彼が壊し、彼が望み創った世界へと。

 かつての幸せな場所に似た庭園。色とりどりの花が咲き誇るその場所に、ただひとつの墓標が立つ。そこに刻まれた名は、世界に希望を与えた魔王のもの。
 ――“ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア”
 神聖ブリタニア帝国、最後の皇帝であり最悪の皇帝だった青年の名。そして同様に刻まれた生没年は、彼がまだ18歳に過ぎなかったことを示していた。

「・・お兄様」

 静かな庭園に、世界の天使となった少女の声が響く。淡い紫の瞳は、墓標の前に立つひとつの人影を写している。
 少女―ナナリーの声に気付いたのか、その影はゆっくりと振り返った。

「仕事は終わったのか? ナナリー」

 柔らかな木漏れ日を受けて煌めく黒髪。宝玉のように美しい紫紺の瞳。よく透る声もその笑顔も、紛れもなく“彼”のもの。

「えぇ、お兄様」

 ニッコリと微笑んだナナリーの目の前。そこに立つのは、確かに墓標に名を刻まれている青年―ルルーシュだ。

「ここに居たんだ、2人共」

 笑顔を交わす兄妹の元に、よく聞き知った声が届いた。二人が同時に視線を向ければ、そこにはゼロの衣装を身に纏った友の姿があった。

「何だ、お前も仕事終わったのか、スザク」
「うん。・・と言っても、俺は黙って立ってただけだけどね」

 歩みを進めながら笑う青年―スザクは、細めた目でルルーシュを見た。
 最初は反発し、いつしか親友と呼べる仲となり、そして残酷な運命のように敵として対峙した。だが、最後は共犯となった彼ら。
 確かに存在していた憎しみの感情は、しかし、綺麗に浄化されていた。おそらくは、ルルーシュが世界から憎しみと共に逝ったときに消えていったのだろう。

「余計なことはするなよ、スザク。ゼロのイメージを崩すことは許さない」

 許さない、と言いながらも、その口調はどこまでも穏やかだ。否、口調だけではなくその表情もまた、笑みを絶やすことはない。

「そんなに言うなら、君がまたやればいいじゃないか」
「ふざけるな。それじゃ、お前への罰がなくなるだろう」
「罰って・・。君は生きてるじゃないか!」
「結果論だろう!俺がどれだけ痛かったか――、」

 不毛と言えば不毛な口喧嘩を止めたのは、ナナリーの笑い声だった。鈴の音のように軽やかなそれに、ルルーシュもスザクも互いを見合あって笑みを零した。
 そう、全ては結果論。今、ルルーシュは生きている。
 確かにあの瞬間、ゼロの仮面を受け継いだスザクによって刺されたはずだが、彼は生きている。生きて、笑っている。

「もう、痛くはないのでしょう? お兄様」
「あ、あぁ。傷も塞がってるよ」

 未だ笑いながらナナリーはルルーシュを見上げて問うた。
 彼女のその問いに、ルルーシュは無意識に刺された箇所に触れながら返す。痛みもないし、傷は既に塞がっている。
 ただ、その事実を残す傷痕だけを残して。

「本当によかったですわ、お兄様」

 微笑むその天使に、ルルーシュは申し訳なさそうに視線を逸らす。そんな彼を、スザクは優しい笑みを浮かべながら見つめる。

「本当によかったよ、ルルーシュ」
「あぁ・・。アイツ・・、父上のお蔭だ」

 捨てられた瞬間から拒絶し続けた存在を、その呼び名を唇に乗せる。多少の違和感は隠せないものの、ルルーシュにはこれまであった憎悪はなかった。

「えぇ、本当に」

 微笑んだナナリーが空を見上げる。それに倣うように、ルルーシュとスザクも青い空を見上げた。

 あの瞬間。確かに一度、ルルーシュは死んだ。
 擦れゆく意識の中で、死とはこんなにも緩やかなのだと感じていた彼の内で何かが弾けた。丁度それは、ナナリーが彼に触れて真意を知ったのと同時だった。

(な、んだ・・?)

 走馬灯とはこんなにも激しいものなのか、などと思いながら死の時を待っていたルルーシュは、己の置かれた状況が変わっていることに気付いた。
 そこは、かつて父である皇帝と母を否定し、消し去った場所。Cの世界、と呼ばれる所だった。

「ルルーシュ」

 己が存在しているのか、いないのか、それすらも曖昧なその場所にあるはずのない声が響いた。突然、否、元からそこに存在していたのかもしれない。
 ルルーシュの目の前には、皇帝であり父であるシャルル・ジ・ブリタニアの姿があった。そして、連れ添うように母・マリアンヌの姿も。

「ルルーシュ、お前の望む世界とは、これのことか?」

 威厳のある声で問われ、いまの状況を理解しきれていないルルーシュはただ頷くことしかできなかった。
 しかし、そこに言葉があろうがなかろうが、彼は肯定の意しか持たないだろう。思い残すことがないかと言われれば頷くことは難しいが、悔いはないはずだ。
 望むものは、叶えられる。

「ねぇ、ルルーシュ。貴方は、それでいいの?」

 今度は、優しい声。過ごしたときは短いが大好きだった母のその声に、ルルーシュの鼓動が高鳴った。
 しかし、ルルーシュ自身にその高鳴りの意味は分からず、ただ視線を彼らに向けるだけだ。

「何、を言っている・・」

 知らず、掠れた声で呟く。言葉を紡ぐことが苦しく感じられて、ルルーシュは眉根を寄せた。
 戸惑いと苦痛が綯い交ぜになった表情で、拳を握り締める。

「お前の望んだ“明日”とは、何だ?」

 俯き地面を見つめていたルルーシュの、すぐ真上から声が響く。
 これまで向けられてきた厳しい声音とは違い、どこか優しさすら感じられるそれに動きを止められた。

「お前自身の明日は捨て、世界の明日を望むのか?」

 “明日”は、すべての者に平等に与えられる。しかし、その輝きは迎える人によって異なるのだ。
 希望を求め明日を望むか、絶望の淵で明日を迎えるか。

「お前の明日は無くとも、お前の居ない明日を迎える者は居る」

 その言葉に真っ先に浮かんだのは、愛おしい妹と親友の姿だった。
 “ルルーシュ”という世界を支える大事な柱である2人の表情は、しかし、彼の好きな笑顔ではなく哀しげなそれだ。

「お前の存在しない明日が、残酷なものとなる者も居る」

 分からない、とルルーシュは頭の中で繰り返した。シャルルの言葉がではなく、何故彼がそんな事を言うのか。
 これまでのルルーシュならば、そんな事を言われようものなら、貴様に何が分かる。と言い返していたであろう。しかし、今目の前に立つ人物には何も言えない。
 彼の、彼らの声が優しく自分を包み込むような感覚がルルーシュを包んでいるからだ。

「ルルーシュ。世界を壊し創造したと言うのなら、貴方はそれを見届ける必要があるわ」

 彼らは言う、“生きろ”と。
 そっとルルーシュに肩に与えられた温もりが、余りにも優しくて。愛されているのだと、感じられて。

「母、うえ・・。・・・・ち、ち上」

 ルルーシュの頬を涙が伝った。彼らに感じていた嫌悪も憎悪も綺麗に剥がれ落ちていき、替わりに現れたのは温かな湯曇り。

「お前の場所へと戻れ。・・ルルーシュ、我が息子よ」
「さぁ、お行なさい。可愛い私たちの子」

 先ほどまでの鬱々とした風景が、いつの間にか眩しいまでの光の世界へと変わっていた。とん、と雄々しい手と細く滑らかな手が光の差す方へとルルーシュの背を押した。

「あ、りがと・・ございました・・・・」

 一歩踏み出したルルーシュの視界が一瞬にして光の渦に飲み込まれる。最後に見たのは、微笑む両親の姿だった。

 次にルルーシュが目覚めたのは、真っ白な世界だった。
 そして、次に映ったのは涙を流しながら抱き付く最愛の妹と、いろいろな感情が綯い交ぜになった表情で見つめる親友の姿。
 何度も繰り返し呼んでは、その存在を確かめるように縋りつくナナリーを、ルルーシュは優しく抱き寄せた。
 こうして大切人々と共に在れる喜びを、今ようやっと真に気付いたのかもしれない。

 薔薇香る庭園に、上質な紅茶の香りが広がる。
 ふわりと甘いシフォンケーキを食べ、ナナリーは柔らかな微笑みを零した。

「やっぱり、お兄様のつくるお菓子は美味しいです」
「そうかい?ありがとう、ナナリー」

 幸福な時間とは、こんなにも甘くゆっくりと過ぎていくものなのだと、誰もがそう感じた。ある意味、隠居生活を送るルルーシュの、現在の趣味は料理である。幼い頃からつくっていたこともあって、その腕は確かなものだ。
 これまで、世界の争いと言う渦の中心に居た人物とはかけ離れた今の姿に、スザクは翡翠の瞳を細めた。

「何だ、スザク」

 その仕草に気付いたルルーシュが、カップに紅茶を注ぎながら問うた。スザクは笑みをさらに深めながら、琥珀の幸せを口に含む。

「いやね、何だか幸せだなって」

 出会いは最悪だった。
 いつの間にか親友と呼べる関係になり、しかし残酷な世界によって引き裂かれた。
 そしてまた再会し、敵対し、裏切り裏切られ…
 それでも、こうして共に幸福なる時間を過ごせるようになった。

「・・そう、だな。幸せだ」

 言い慣れない単語に、ルルーシュは照れたように笑いながら頷いた。続くように、ナナリーも頷く。
 “幸福”と言う言葉は、言えば言うほどに温かくその存在を増していくものだと、彼らはようやく知ることが出来たのだ。

「あ、そう言えば。お兄様、ジェレミアさんからオレンジが届いてましたよ」

 しばらくゆっくりとした空間に身を任せてティータイムを楽しんでいると、不意に思い出したようにナナリーが呟いた。
 何の皮肉なのか、現在の彼はナイトオブラウンズであったアーニャと共にオレンジ園を開いている。おそらくは彼も、“幸福”の意味を感じていることであろう。

「そうか。じゃ、マーマレードにでもしようかな」
「あ、それいいね」

 笑顔の広がる空間。きっと、これからの未来も同じように笑顔の溢れたものになるのであろう。
 世界は確かに、幸福を求めて進んでいく。たとえ、その世界を創った真実を人々が知らなくとも。
 幸福は、人々に降り注ぐ。



end.

前サイトにて書いたギアス捏造最終回。
ルルに幸せになってもらうことだけを考えたあの日々‥

12.09.28