黒と蒼


 自分の中に、狂気が巣食っていることは知っていた。事、彼に関して俺の中は常に温かな光と共に冷たい闇とに満ちていた。
 だから、彼のほんの些細な行動にいとも簡単に壊れる。

「お、したりッ」

 苦しげに漏れた声に、思考回路がクリアになっていく。目の前の愛おしい人は、その蒼色の瞳に俺を映していた。

「あと、べ‥」

 愛おしい人の細い首に食い込むほどの己の両手。嗚呼、また狂気に支配されたのだ。
 組み敷き、馬乗りになって、簡単に折れてしまいそうなその白い首をこの手で締め上げた。

「ッ、はぁ‥ッ、忍、足?」

 手を離したそこにはくっきりと手形が残っている。本気で俺は彼を、殺そうとしたのだ。
 憎しみなどない。愛おしい故に、狂った愛によって彼を殺めようとした。否、これを愛と呼んではいけない。

「忍足?」

 空気を求めて荒い息を繰り返しながら、何度も彼は呼ぶ。傲慢を見せながら、その実は優しい王様。
 俺の王様。俺の、神様。

「忍足‥」

 首筋に残る痣に罪悪感を感じながら、どうしようもない優越感が満ちていく。彼を愛するのは自分だと、この美しい王様を殺すのは自分だけなのだと。
 狂って、狂って、いつかこの蒼すら黒に染めてしまいたくて。

「忍足、」

 不意に乱れた黒の髪へと彼の腕が伸ばされる。少し震えたそれが、動けずにいた俺の頭を包み込んで引き寄せた。

「忍足。俺は‥忍足になら、殺されてもいい」

 己よりも高めの声が優しく囁いた。そこに苦痛を感じさせる音はなく、ただ真っ直ぐに向けられたものだと思えた。
 ゾクリ、と言い様の無い何かが背筋を走った。

「だがな、忍足。俺はずっとお前と一緒に居たい。‥共に生きたい」

 俺を離すな、お前を離さない。そう微笑む彼を人は狂気と呼ぶだろうか。
 そして、そんな彼の言葉が涙が出る程に嬉しいと感じる自分を、狂っていると眉をひそめるだろうか。

「なぁ、忍足」

 狂気の淵で笑う自分たちは、他から見たら異常かもしれない。
 けれど、自分も彼も幸せなんだ。狂うほど愛おしくて、愛おしくて。
 離れないし、離さない。彼に殺されるまで。彼を殺すまで。

「跡部、お前は俺のもんや」

 きつく抱き締めて、その首筋に真っ赤な痕を残す。そうすると、自分の首にも微かな痛みがもたらされる。
 お揃いだ、と笑い合って、噛みつくようなキスを交わした。



END.

狂愛好き。
一緒に狂って昇っていけばいいよ。

12.05.16


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