灼爛


 酷い顔だな、と奴は楽しそうに笑う。誰のせいだ、と返せばさらに笑みを深めた。
 涙やら精液やらでぐちゃぐちゃになった顔を、ベッドの下に散らばっていた奴の服で拭う。せめてもの仕返しだったのだが、どうやらこれも奴にとっては“楽しい”ことらしい。声を洩らしながら笑う姿に殺意を覚えた。

「跡部は可愛いのぅ」

 何が楽しいのか。男を脅して、犯して、何が楽しいのか。他人の心情を見抜くのは得意だったはずなのに、こいつの心は全くわからない。道化を演じるピエロの方が、よっぽど分かりやすい。
 一方的に酷使された足腰は動くことすら拒んでいるが、心はここに居たくないと悲鳴をあげている。無理やりに体を動かして、散らばった服を掻き集めて身に纏う。嗚呼、今日もシャツを破られた。

「もう帰るんか?もうちょっとゆっくりしていきんしゃい」

 触れてこようとする手を叩き落として、細められている目を睨み返す。しかし、奴にとってはそれも“楽しい”らしい。本当に憎たらしい。
 こいつは頭がおかしい。狂ってるんだ。本気でそう思っているのに、そんな自分を嘲笑う自分も居る。おかしいのはお前も同じだ、と頭の中で自分が嗤っている。

「のぅ、跡部」

 不意に奴の声音が変わる。切なげで、脅えているようなそれ。たが、振り返ることはしない。
 服を全て着終って、気を抜いたらへたり込みそうになる足に力を入れて扉へと歩を進める。力を入れたせいで、どろり、と奴に注ぎ込まれた精液が溢れ出した。

「また、の」

 小さく呟かれた言葉を聞こえないふりをしてノブへと手を掛ける。奴の心情などこれっぽちも分からないが、今どんな顔をしているかはわかった。わかっていて、何も言わずに扉を開けて出ていく。
 後ろ手に扉を閉めると、一気に全身の力が抜けてしまった。音を立てないように静かに腰を下ろして、扉へと頭を付ける。
 きっと、奴は知っている。脅されて、犯されるのを分かっていながら、いつもやってくる俺の感情を。知っていて、知らないふりをしている。俺も、奴の感情を知りながら、知らないふりをしている。きっと互いに先に進むのが怖いのだ。今の関係の方がよっぽど狂っているのに、ここから動くのが怖いのだ。

「馬鹿だな、」

 自分も、奴も。それをわかっていながら、きっと自分たちはここから動けない。
 情事の最中に奴に付けられた痕が、まるで火傷のようにずくずくと痛む。頬を伝う涙は、その痕がどうしようもなく痛むからだと、今は自分に言い聞かせて立ち上がる。

「仁王、」

 零れた声を聞く者はいない。そう思いながら、今度こそその場を後にしようと歩き出した。きっとまた、互いに知らないふりをしてここに来るのだと思いながら。



END.

初仁跡。なのに、何故こんなに暗いのか…
仁跡はもっと増えていいと思うんだ!思うんだ!!

13.05.05


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