甘美な闇を頂戴



 夢を見た。
 全てが闇の世界で、どちらが上かも下かもわからないのに、ただずっと深くまで落ちていく夢。
 まるで水の底へ沈んでいくような感覚だが、辺りは寒くも暑くもない空気だ。

「‥‥‥、」

 闇の中、底に辿り着く前に目が覚めた。
 悪夢というわけではない。ただ、目覚めた今は言い様のない感覚がじんわりと心を浸食している。
 紙に染みるインクの様にじわじわと蝕んでいくそれに、どうしたらいいのか分からなくなる。それが不安なのか、幸福なのか分からない。
ただ、心地良かった。

「‥忍足、」

 不意に浮かんだのは、ふわりと笑う彼の笑顔。
 あの黒い髪や切れ長の目は冷たい鋼のような印象を持たせるが、彼はまるで陽だまりの様に温かく優しい。それは、自分たちの関係が“恋人”であるからなのかもしれない。
 もし、彼が恋人じゃなかったとして。“友達”という関係だったとしても、彼は優しいのだろう。テニス部のレギュラー陣にも、クラスメイトにも優しいのだから。
 それでも、彼の特別は自分だけだ。それは決して驕りでもなんでもなく、彼がそう言ったのだ。誰かの言葉をそのまま信じるなんて愚かなことだと思っているが、彼の言動は全て真実だと思えた。

「あぁ、そうか」

 闇に沈む夢、あれは忍足に依存していく自分の心なのかもしれない。どこまでも優しい彼に、底知れないものを感じているのかもしれない。
 この関係に形がないように、愛というものにも形はない。気付いた時には、離れられなくなっているのだろう。否、もう自分は彼から離れることなど出来ない。

「それで、いい」

 自分が依存すればするほど、彼も溺れていくのだ。二人で沈んでいくなら、それもいい。それがいい。
 案外、あの闇はこんな自分のどす黒い心なのかもしれない。どちらにしても、心なのだろう。
 そんなことを考えながら、あの世界の底を見に行こうとまた眠りに就くのだった。



END.

意味不明というか、意味深というか。
乙部というか鬱部というか。

04.14


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