ずぶ濡れで抱き合う


 無性に、悲しくなった。
 何があったわけでもない。変わらずテストでは首位だし、テニスも楽しい。生徒会長としての仕事も遣り甲斐がある。
 家に両親が居ないのはいつものことだし、その代わりというわけではないが、使用人たちが出迎えてくれる。
 何があったわけでもない。なのに、何故か悲しくて、虚しい。

「跡部、」

 昨晩からの雨は、午後になっても勢いが弱まることはなく降り続いている。
 誰もいないテニスコートを、傘も差さずに眺めていると後ろから腕を掴まれた。

「跡部、」

 繰り返し呼ばれた名に応えることなく、振り返ることもなくただコートを見る。否、きっと、自分はコートを見ているわけではないのだろう。
 触れているだけだった手に力が込められ、ぐい、と引かれた。

「跡部、風邪ひいてまうやろ」

 周りは雨音で満ちているというのに、忍足の声が一番大きく聞こえた。

「‥お前には、関係ない」

 構わないでくれ、と手を振り払おうとすると、さらに力が込められて抱き締められた。
 互いにずぶ濡れだというのに忍足の腕の中は温かくて、余計に悲しくなった。

「跡部、辛いなら話してとは言わんから‥、」

 顔は見えない。けれど、忍足が泣いているように思えた。どうせ二人、ずぶ濡れなのだから、涙も雨粒も変わらない。

「辛いとき、一人にならんで。俺の傍に来て‥跡部、」

 濡れた忍足の髪が首に張り付いて気持ち悪い。けど、絡まる様に張り付くそれが、まるで執着心のように思えて心地良い。
 今はただこの温もりを求めて、忍足の背に腕を回した。



END.

ついったの診断「ずぶ濡れで抱き合う」忍跡ver

04.14 移動


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