他人事のバレンタイン


 2月14日。
 俺よりデカいけど、素直でいい奴な後輩の誕生日。でもって、男子にとっては落ち着かないバレンタインデー。
 そんな日でも、いつもと変わらずにテニス部の朝練はある。
 まだまだ寒い朝、母ちゃんに怒られながら起きて、アップも兼ねて走って登校。途中で宍戸に会って、いつの間にか競争になってた。
 学校に着く頃には汗ばむほどになっていて、珍しく早く来ていたダブルスパートナーに呆れられた。
 お前はやる気だせ、と飛び掛かれば、いつものポーカーフェイスを少しだけ歪めて避けられた。悔しい。

「あれ、跡部は?」

 朝練も終わる頃、いつもなら中盤には来ている部長の姿が無いことに気付いた。
 気付くの遅いですね、と嫌味たっぷりに言う可愛くない後輩は無視して、いつもあいつと一緒に居る無口な後輩へと視線を向ける。
 しかし、俺の問いに答えたのは宍戸だった。

「おい、今日はバレンタインだぜ?」
「あ、そうか」

 バレンタインというワードを聞いて思い出す。
 1年の時、女子に追い掛け回されて大量のチョコを渡された跡部は、その翌年からこの日は授業開始ギリギリに登校するようになった。つまり、今年もギリギリ登校というわけだ。
 去年は、部長のくせに朝練サボりやがって、という怒りを覚えたが、それも昼前には憐みにかわった。

「去年、凄かったよな‥」

 しみじみ呟けば、皆が無言で頷いた。
 去年、朝はギリギリに登校したことで回避した跡部だったが、それが逆に女子達に火を点けたのか、休み時間は凄まじいことになった。
 跡部のクラスに押し寄せる女子の群れ。群れというか、あれは嵐だ。
 どうにかチョコを渡そうと、そしてあわよくば跡部に覚えられようと必死な女子に、先生たちも何も言えなかったようで、対処を全て跡部に丸投げしてた。
 授業中にも関わらず、跡部へのチョコは部室前の段ボールに入れること、という校内放送が流れた時は、跡部への同情で笑えなかった。

「そういや、長太郎。お前も大変だったよな‥」
「あー‥、あれなぁ」

 去年のバレンタイン、跡部と並んで可哀そうだったのが宍戸とダブルスを組んでる後輩を見上げながら思い出して苦笑する。
 バレンタインが誕生日である鳳もまた、大勢の女子に追い掛け回されていた。
 優しい鳳は一人ひとりの相手をしていた。鳳へチョコとプレゼントを渡そうとする女子が廊下に長蛇の列が出来ていたのを見た時は、ちょっと怖かった。

「いろいろ頂けるのは有り難いんですけどね‥」

 俺と宍戸の憐みを含んだ視線を受けて、困ったように笑う鳳は本当にいい奴だ。
 今年、この優しい後輩が無事にこの日を過ごせることを願うしかない。

「それにしても、跡部へのチョコ。すでに段ボール2個がいっぱいになってるのが凄いねー」

 何とも言えない空気が漂う部室に、滝の声が響く。
 朝練前にはまだ数十個だったチョコも(というか、その時点で凄いけど)、1時間もしないうちに三桁を超えていたようだ。
 絶対に一人一個じゃないな、と思いながらも、空気を読んで口には出さなかった。

「そういや、」

 ここで、隣でネクタイを締めている相棒のことを思い出す。
 この胡散臭い眼鏡の男も、相当な量のチョコを貰っていた。去年、跡部と一緒に逃げ回っていたのを覚えている。
 だが、それよりも気になることがある。

「侑士的にはどうなわけ?自分の恋人がこんだけモテんのって」

 (悔しいけど)氷帝のモテ男トップ2の二人が付き合ってるのは、テニス部のレギュラー陣しか知らない。
 明かされた時は驚いたけど、不思議とすんなり受け入れられた。むしろ、自分たちを信頼して明かしてくれたのかと思うと、嬉しくもあった。
 まぁ、それからはよくからかうネタとしてるんだけども。

「あー‥、まぁ、な。跡部がモテるんは、今に始まったことやないし、」

 声音こそいつも通りだけど、顔は情けないほどに眉が八の字だ。侑士のポーカーフェイスは、跡部に対してと跡部に関することへは発揮しないというのも、からかうネタのひとつ。

「嬉しいかどうか言うたら、そら‥嫉妬はする、やん、な」

 隠すことなく言葉にするあたり、どうやら相当、嫉妬してるみたいだ。
 侑士も苦労するな、と思いながらも、こいつもモテるから、きっと跡部も苦労してるんだろうと思うとなんだか応援したくなる。

「まぁ、でも。二人一緒に逃げ回るのも、結構楽しいんじゃない?」

 すでに着替えを終えて、樺地と一緒に跡部へのチョコ(の一部)を部室内に運び込んでいた滝が、元気づけるように言う。
 危機を共に乗り越えると仲が深まる、なんてどっかで聞いたことがあるし、そうかもしれない。そう思って、滝の意見に乗っかりながら少し丸まっている侑士の背を思いっきり叩いた。

「そうだぜ侑士!女子に狙われる跡部を護ってやれよ!」
「そう、やな」

 ちょっとだけ笑んだ侑士の背をまた叩くと、予鈴が鳴り響いた。やっべ、と全員が鞄を掴んで部室を出ていく。
 俺も慌てて部室を出ようとしたとき、呟くように侑士が言った。

「せやな。今日は景ちゃんの王子様になったろ」

 どういう思考でそうなった、と突っ込もうかと思ったけど、こいつはラブロマ脳だったことを思い出してやめておいた。
 けど、やっぱりちょっと気持ち悪かったから、侑士が出てこようとするのに合わせて思いっきりドアを閉めてやった。ドアの向こうで、短く聞こえた声にバーカと叫んで、昇降口へ走っていく仲間たちの背を追いかけて走り出す。

 今年のバレンタイン、これまで以上に跡部を憐れむことになろうとは、この時は知りもしなかったが、それはまた別の機会に。



END.

忍跡のバレンタイン当日を、岳人視点で。
って、跡部様出てきてませんが。
後日談というか、当日の昼間の話も書ければ…

13.02.15


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