幸福な日


 一日の終わり、疲れた体を深くソファに沈める。空間を満たすクラシックが心地良い。
体の力を抜きながら明日のことを考えると、つい溜息を吐きそうになるが、同時に頬が緩むのを感じる。
 自分の誕生日を大喜びするほど子供ではないが、冷静に過ごせるほど大人でもない。朝目覚めれば使用人たちが一様に祝いの言葉をくれるだろうし、学校へ行けば大勢の生徒から祝われる。
 以前ならそれが当たり前だと思っていたし、騒ぐ周囲に煩わしさすら感じたりもした。けれど、今はそれが嬉しいと、幸福だと思う。

「ふっ、」

 笑みが零れるほどのそれを教えてくれたのは、仲間たちだ。そして、誰よりも彼の存在。
 人を愛すること、愛されること。その本当の喜びを与えてくれたのは彼だ。

「忍足‥」

 学校を挙げて祝われるであろう誕生日、彼と二人っきりで過ごす時間は取れないだろう。帰ってからも盛大なパーティが予定されている。
 きっと、彼と二人だけの静かで愛おしい時間を過ごすのは翌日以降になるだろう。
 それでも、彼と過ごせるのなら幸せだ。こんな自分がおかしくもあり、けれど悪くない。

「、?」

 不意にローテーブルの携帯電話が振動する。着信を知らせるそれを手に取って、慣れた手つきで通話ボタンを押す。

「お、跡部?起きとった?」

 聞こえてきたのは、つい今まで考えていた彼の声。低いその声が耳元をくすぐって、頬を熱くさせた。

「あ、あぁ。どうした」
「どうした、って自分なー」

 ははは、と笑われる。彼からの電話にはいつもそう返していたから、つい言ってしまったが、よく考えればわかる。
 視界の端に捉えた時計は、短針と長針が頂点で合わさっていた。

「跡部、誕生日おめでとう」
「、あぁ」

 先までの笑い声から、いきなりの甘い囁きに頬だけでなく全身が熱くなる。無機質な携帯電話がもどかしい。もっと近くで、彼の温度を感じたい。

「跡部、生まれてきてくれてありがとうな。ほんで俺と出逢ってくれて、俺に愛されてくれて、愛してくれて‥ありがとう」
「お、まえっ!」

 恥ずかしい奴だ、と返そうと思っても声にならない。嬉しすぎて言葉が出てこない。

「いっちゃん最初に言いたかってん。景吾、誕生日おめでとう。愛しとる」
「し、ってる‥ありがと、」

 素直になれない自分にはそれが精いっぱいで、それを彼は知っている。だから、電話越しの微かな吐息で、彼が微笑んでいるのが分かった。

「ほんまは、こうやっておめでとう言えるだけでよかったんやけどな‥」

 瞬間、鼓動が高鳴る。何か言うよりも前に窓へ駆け寄って、一気に開けた。
 冷えた風が頬を撫ぜたが、熱は冷めることなく、むしろさらに高まる。

「会って、直接言いたくなってん」

 街頭が灯す道に、愛おしい彼が立っていた。こちらに向けて手を振る彼は、蕩けそうなほど甘い笑みを浮かべている。

「何、やってんだよ‥」

 嬉しくて、嬉しくて。これほど嬉しい事など無いのではないかと思える。
 声こそ聞こえないが、彼の姿が見える距離。今は、それでもいい。

「景吾、おめでとう。ありがとう」

 嗚呼、幸福だ。泣き出してしまいそうになるほど、幸福だ。
 そして、彼がとても愛おしい。

「忍足、ありがとな。‥愛、してる」
「おん。俺も愛しとるよ、景吾」

 どんな贈り物よりも、彼の声が、彼の笑顔が、彼の存在が嬉しく、愛おしい。
 彼と二人の静かな時間になったら、たくさんのありがとうと一緒に伝えてもいいかもしれない。



end.

跡部様、お誕生日おめでとうございます!
跡部王国の更なる繁栄と、永遠の栄光を願って!

12.10.04


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