>>土銀/甘い




 目の前の男に何かを求めているわけではない。
 甘い睦言が欲しいわけではないし、絶対の信頼関係が欲しいのでもない。自分だけを見て欲しいだなんて、否、少しは思っているかもしれない。
 だが、縛られる彼など彼ではないし、弱みを見せるのも彼ではない。
 彼が彼らしく、そうあってくれればいい。

「なぁ、土方」

 見返りのない関係ではない。一応、彼との関係は“恋人”というものだ。
 自分は彼に愛を告げたし、彼はそれにこたえた。

「何だ」

 自分たちの関係に“恋人”という名称が付いたが、別段何かが変わったわけではない。
 まるでガキの恋愛ごっこのように、ただ一緒に居るというだけ。会話も行動も、付き合う前とさして変わらない。

「何で、俺?」

 屯所の己の部屋へ彼が来る回数が、以前よりも増えた。否、前は一度も来たことがなかったか。
 今日もこうして、書類を片付ける自分の後ろで、彼は寝転がってこちらを見ている。

「ねぇ、何で、俺?」

 同じ言葉を繰り返しながら、彼は静かに起き上がる。視線は書類に向いたままだから、気配を感じたと言った方が正しいか。
 ねぇ、と今一度呼ばれて、ようやっと視線を彼へと向けた。

「何で?」

 その言葉を、かつて自分も繰り返した。彼への想いを自覚して、それに違和感を覚えたときから。
 恋い焦がれるとは良く言ったもので、心が焼け焦げて灰になってしまうのではないかと言うほどに彼に恋した。だというのに、彼を自分のものにしてしまいたいとは思えなかった。

「お前だからだ」
「何、それ」

 独占や束縛といった黒い恋心はなく、ただただ彼が愛おしいと思えた。
 そんな恋など知らなかったし、それは今でもわからない。

「お前だから、好きになった。愛おしいと思った」

 飄々としていて、馬鹿みたいに騒いで。自由かと思えば、不自由そうで。けれど、それは彼を作る大切なもので。
 そうした全てを含めて、彼が愛おしい。
 こんな自分を誰が想像できただろう。本人すらも理解しきれないというのに。

「‥物好きな奴」
「そうだな」

 自然と零れた笑みに、彼は視線を逸らしてまた横になった。耳が赤いのは、見間違えではないだろう。
 そっと伸ばす手。そこに何の価値も意味もいらない。
目の前の男が、こんなにも愛おしい。
そこにある存在。彼を彼として、その全てを愛おしく感じる。



5. 空を作りたくなかった


ただただ銀時が愛おしい土方、という。
甘い。うん甘いはずだ。

12.04.06

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