>>沖田(+銀時)/恋心はあるのか否か




 日常とは何か。
 平々凡々なものは退屈で仕方ないだろうと思いながらも、今のそれを日常と思うには虚しい。虚しいが、別にそれがどうというわけでもない。
 それならそれでもいい、と沖田は傍らの刀を少し抜いてみる。
 ぎらり、と残酷な光を放つ銀に目を細めた。

 例えば、敬愛する彼の人の刃は、己のそれよりも強く見える。
 例えば、気に食わない男の刃は、己のそれよりも固く見える。
 
 ただの斬り合いであれば、誰にも負けないと思っている。むしろ、強い相手と斬り合うことを楽しいと感じることすらある。
 それが、彼らとの違いだと言えるだろう。
彼らの刃になくて、己の刃にあるもの。それを言葉にするならば、きっと“修羅”だ。

「俺ァ、人間なんざ捨ててもいい」

 優しすぎる彼の人を支えるために、あの男が“鬼”になったように、自分は“修羅”になることを決めた。誰に理解されようとも思わない。
 ただ隣に立ちたいと思っていたはずが、今は彼の人の隣に立つには自分は汚れすぎているように思えてきた。
己の刃は、己の手は。酷く汚れているように思えた。
 人を斬る時、どうしようもなく高鳴る鼓動は、楽しんでいるから。震える手は、高揚しているから。
 沖田は静かに刃を鞘へと納めた。

 宵闇が己を包んで、何とも心地よい。
 いつでも賑やかな屯所が、今日はどうしようもなく居心地悪く感じられて、独り外へと出た。

「ふぅ、」

 知らず零れた息は、白く浮かび上がって消える。
 凍える程ではない寒さだが、どうやら雪が降る様子はない。空には雲はなく、ぽっかりと月が浮かぶだけだ。

「っ、」

 不意に感じる殺気。闇に紛れたつもりであろうが、ぞわぞわと肌が泡立つ感覚が沖田の鼓動を早める。
 かちり、と鍔が鳴る。異様なほど響いたそれが合図かのように、辺りを殺気が埋め尽くした。

「真選組一番隊隊長、沖田総悟だな」

 何を分かりきったことを、と笑いながら、沖田は己を取り囲んだ男たちをぐるりと見渡した。
 どれもこれも同じ顔にしか見えない。否、沖田にとって、男たちが攘夷志士である以上、個など関係ないのだ。

「あぁ」

 殊更、笑みを深めて応える。次の瞬間には、男たちが何やら叫びながらぎらぎらとした目で切りかかっていた。
 しかし、沖田にそれらの声など聞こえていない。ただ、己の高鳴る鼓動だけが世界を支配していた。
 刃を振り上げる。振り下ろす。皮を絶つ時の一瞬の反発。肉は案外と斬りやすく、そして、骨に当たる衝撃が腕へと訪れる。

「はっ、」

 漏れる息を飲みこんで、骨をなぞる様に刃を引けば勢いよく血が噴き出た。
 悶絶する男の首を切り裂いて、己へと振り下ろされた刃を受ける。甲高い音が響いて、しかし、それはすぐに男の事切れる音へと変わった。

「ウォォォ!!」

 どくどくと煩い鼓動の中で、背後から聞こえた声に振り返る。すぐ間近で振り上げられた刃が、月に浮かび上がりぎらぎらと光った。
 嗚呼、これは避けられない。他人事のように思いながら、沖田は肩から胸へと襲った痛みを受け入れた。

「っそ、」

 焼ける様な熱さを感じる傷口とは対照的に、体は冷えていく。先まで己を支配していた鼓動は、まるで心臓が傷口を抉るかのように痛む。
 倒れそうになる体を叱咤し、どうにか足へ力を入れる。しかし、どうにもうまくいかずに僅かによろけた。
 足元に転がる亡骸を踏みつけると、ぐしゃ、と嫌な音がした。

「覚悟ォ!!」

 再び振り上げられる刃。真っ赤な血でぬらぬらと光るそれが、まるで己自身だと思えた。
 来る死を受け止めるように瞳を閉じる。いつの間にか、あれだけ煩かった鼓動は鎮まっていた。

「‥?」

 しかし、待ち構えていた痛みはなく、かわりに風を切る音がした。
 いつの間にか倒れていた体に力を入れ、頭を持ち上げながら目を開ければ、そこには眩しい銀色が在った。

「だ、んな?」

 沖田が知る中でその色を持つのは、ただ一人。敬愛する人よりも強く、気に食わない奴よりも固く。そして、誰よりも優しい刃を持つ男。
 声が届いたか否か、手に握る木刀を振るいながら視線が向けられる。それが、悲し気に細められたのが、闇の中でもわかった。

「きれい、だなァ」

 場違いなほど穏やかな声で呟いて、そのまま全身の力を抜く。視界は暗闇。聴覚も遠くなり、まるで眠る時のようなど思いながら、それに身を委ねた。





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