>>高銀/攘夷時代



 闇に浮かぶ、真白の月。
 その冴え冴えとした月光を浴びて、奴は、まるで世界から切り離されたように白く照らし出されている。その浮世離れした光景に、息を飲む。

「‥、」

 掛ける言葉を見つけあぐね、カラカラと口の中が乾いていく。
 己の中で渦巻く感情が一体何なのか、わからない。哀しみ、虚しさ、悔しさ、もどかしさ、憤り。連ねてみても、そのどれもかけ離れているようでわからない。
 ただひとつ、愛おしさだけが鮮明に浮かんだ。

「、銀時」

 開閉を繰り返すだけだった口が、するりと奴の名を呼ぶ。続く言葉などわからなくとも、ただ名を呼ぶだけで通じる。そんな気がした。
 ざわり、と風が吹き抜け、視界を己の黒い髪が覆う。ちらちらと見える白が、一瞬闇に呑まれる様な、そんな恐怖に襲われる。

「銀時ッ!」

 自分でも驚くほどに大きな声で彼を呼び、その腕を掴もうと手を伸ばした。何故だか届かないと思っていたその手は、簡単に彼の腕を捉えたことに安堵する。
 けれど、闇夜の月から降り注ぐ光のように冷たいその腕が、今にも消えそうで握った手に力を込めた。

「銀時、」

 加減を忘れて握った腕への非難の声がなく、捉まえたことで薄れた不安が再びかたちを成そうする。女々しい己に眉根を寄せ、思いっきり腕を引き、愛おしい真白を己の腕の中へと抱き寄せた。

「真黒だな、」

 不意に聞こえた声の後に触れるか否かの指先が髪へと触れる。まるで、その色を確かめるかのようにゆっくりと髪を梳くその指は、微かに震えているようだった。

「俺も、黒だったら、よかったのに」

 呟かれるそれに滲む感情は、哀しみだ。
 ふわふわとしたこの白い髪も、透ける様な肌も、そして皮肉のように羽織る白の陣羽織も。その存在の白は、嫌というほどに目立つ。それは、戦場での標的としての意もあるが、それ以上に戦いを終えたときの意味合いが強い。
 真白な全身に浴びた返り血。そのどす黒い紅は、“白夜叉”という存在を恐怖の対象とするのに十分なものだ。畏怖を超えた、拒絶に近い瞳を仲間である者たちに向けられる。その哀しみや苦しみを背負ってまで前線で敵を斬り伏せていくのは、この夜叉が優しすぎるからだ。
 けれどそれは、一部の近しい者にしか見えず、その優しさは恐怖を生み、そしてそれは哀しみとして返ってくる。何とも不毛で、何とも虚しい優しさだ。

「‥、なら、染めるか?」

 美しいこの白を、すべて己と同じ黒に染めてしまえば、優しい夜叉は楽になるのだろうか。
 答はわかりきっている。 そして、今、腕の中で俯く男の返答もわかっている。
 ふるふる、と力なく横に振られる頭は抱きしめていることもあって、肩口へと擦り付けられる。頬に触れた髪が、やはりふわふわと柔らかくて、心地良い。

「このままが、いい」

 その髪色によってどれだけの迫害を受けてきたか知っている。だからこそ、あの人がそれを美しいと言って撫ぜたことがどれほど嬉しかったのか。その全てではないにしろ、知っている。

「あぁ。そのままでいろ」

 抱きしめる腕から少し力を抜いて、真っ直ぐにその顔を見つめる。きらきらと光を帯びる頭へ乱暴に指を差し入れて、深く口づけた。
 愚かな2人で、相違点を求め合う。光に憧れ、白を求め。闇に焦がれ、黒に溺れ。
 美しい色合いに惹かれては、溺れて堕ちていく。それを、“幸福”と呼んだ。



3. #ffffff


互いに染まりたいし染めたいけど、染まれない2人的な。
銀時の弱さを支えながら、自分の弱さを隠す高杉とか。もぐもぐ。

2011.10.26

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