>>坂銀/攘夷時代



 祝い酒の席で、毎回のように酒を注ぎに来ていた同郷の少年が居なくなった。死んだのだと、言葉として理解できても、余りに慣れてしまったそれは、現実味を失い始めていた。

 その日は、作戦などない、雨が上がったばかりでぬかるむなかでの乱戦だった。攘夷志士、天人、双方に多くの犠牲を出しながら、辛くも押し勝った。何をもって勝敗とするかはわからないが、戦場となったあの場に最後まで残っていたのが我々であり、撤退したのが天人。それを見て、勝利と言えるのか。疑問を持ちながらも、近隣の村から調達した酒を流し込む。

「はぁ、」

 喉を通る熱さは、腹の中でゆっくりと融ける。余った熱を込めて息を吐き出せば、騒がしい部屋の中で、異様な響きを生んだ。
 それぞれが酒を煽り、勝利を喜んでいるようで、その実、それはただの虚勢でしかない。誰もがわかっているのだ。この戦争には、勝利などないことを。

「辰馬、」

 不意に届いた声に、すぐ横にしゃがみ込んだ青年へと視線を向ける。ほんの少し見上げると、そこには己と同じようにもじゃもじゃとした、けれど真っ白な毛色があった。
 未だ幼さの残る顔は、しかし、幾度もの戦場を経て精悍さを称えていた。
 片手に持った酒瓶を振りながら、青年―銀時は、年相応な笑みを浮かべる。戦場にあって、美しいと感じられるそれに、辰馬は腹の底にあった泥が薄れるのを感じた。

「月、綺麗だぜ」

 月見酒をしよう、と空になっている坂本の杯を持ち、銀時は立ち上がった。
 静かで重心のぶれない、そのわずかな仕草でも、彼が相当な剣の使い手だということが窺える。事実、この戦場においての銀時の戦いぶりは、敵味方関係なく轟いていた。
 ある者は、彼を勝利を導く武神と呼び、またある者は人に非ざる夜叉(おに)と呼んだ。けれど、坂本を含め、銀時の傍に居る者は、彼がそのどちらでもないことを知っている。
 白髪と白羽織の“白夜叉”は、誰よりも“人間”だ。

「‥‥、」

 無言で歩く銀時の背を負いながら、坂本は騒がしい部屋を後にする。たった一枚、薄くボロボロの障子を閉めると、不思議と中の喧騒が霞んだ。
 虫々の声が響く宵闇。銀時に続いて、拠点としている廃寺の屋根へと上った。

「‥、ほんに、まっこと綺麗な月じゃの」

 煌々と照る月は、夢と現の境を曖昧にさせる。
 よいしょ、という掛け声をあげながら隣に座った銀時に視線を向けると、月の光を纏った白髪が風になびいていた。坂本は、その美しさに言葉を失う。

「辰馬?座んねぇの?」

 動きを止めた坂本に首を傾げながら、銀時は己の杯と坂本の杯に酒を注ぐ。その危なげもない様子から、彼がほとんど飲んでいないことが窺えた。

「ほら」

 並々と注がれた杯を差し出しながら、銀時は再度座るように促す。その声にようやく反応し、坂本は腰を下ろした。
 ひんやりとした感触が伝わり、ほのかな酒気すら飛ばしてしまう。

「また‥こうやって月見ながらさ、酒飲もうぜ」

 なぁ、辰馬。と笑って、銀時は杯を満たしていた酒を一気に煽った。それを習うように、坂本も注がれた酒を流し込んだ。
 やりきれないことがたくさんあって、己の無力さを痛いほど思い知って。
 人間は、悲しく、儚く、醜い。けれど、隣にこの真白な存在が在れば、人間は綺麗だと思える。どんな世界でも、人間でも、この真白と同じように愛おしく思えるだろう。
 だから、銀時も、誰も傷つくことのない世界を夢見て、空の杯を浮かぶ月に重ねた。



2. 人間


攘夷時代の坂本にとって、銀時は心の支えだったんじゃないかと。
未来を夢見て空に旅立てたのは、銀時の存在があったからだし。
戦場においても人間らしさを失わない銀時は光なのです。むっふー

2011.10.19

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