惚れた弱味ってことで


 目の前で呑気にジャンプを呼んでいる男にいい加減、殺意が芽生えそうだ。
 奴―坂田銀時と恋人という関係になったのは3か月程前だ。喧嘩と酒の勢いで告白したのが自分で、それに戸惑いながらも頷いたのかこいつ。
 それから、まぁ、スローペースではあるが、世の中の恋人のような甘い雰囲気漂う関係になっている。
 手は早い方だと思っていた自分がまだキス止まりなのは、相手が男だからと言うよりも、こいつだからなのかもしれない。惚れた弱味、とでも言うのか。
 それが今のこのイライラになっているのだから、自分の首を絞めると言えなくもない。

「は?」
「だーかーらー」

 仕事が終わったその足で万事屋へと来た俺に、こいつが最初に告げた言葉は甘さの欠片もないものだった。
 未成年が出入りするし、壁がヤニで黄ばむの嫌だから万事屋は全面禁煙ですー、と頭を掻きながら言うこいつは、俺を殺す気かと思った。
 しかし、惚れた弱味というもので、それに頷いてしまった自分は、本当に首を絞めまくっている。いっそ、息が出来なくなれば煙草を吸わなくてもいいか、など危険な思考に陥ってしまいそうになった。

「おい、俺の部屋に行か、」
「やだ」

 こちらが言い切る前に拒否される。しかも、視線はジャンプに向けられたままだ。
 ちなみに、このやり取りは数十分前から幾度も繰り返されている。

「なら、ちょっと外で煙草、」
「だめ」

 一体何なんだ。部屋で煙草は駄目、なら外で吸って来ようにも駄目。
 こいつは俺の精神を崩壊させたいのか。
 いい加減、手が煙草を求めて彷徨いそうだし、目の前の呑気な男に殺気をぶつけてしまいそうだ。

「お前‥俺を殺す気か」
「いやいやいや、むしろ長生きすると思うぞ」

 そろそろ俺の限界に気付いたのか、ジャンプを読むのを止めて真っ直ぐにこちらを向いた。
 気だるげな表情は常と変らないのに、声音だけははっきりとしている。

「‥俺に禁煙しろってか」
「わー、土方くん、物分かりいいですねー」

 茶化したような言い方だが、完全に禁煙しろという意思が込められている。
 嗚呼、嗚呼、ニコチンが足りなくて言葉が浮かばない。思考が回らない。
 ヘビースモーカーにとって、禁煙という言葉は寝るな食うな、と言われているようなものだ。
 そう、こいつにとっての甘味と同じものだと言うのに。

「そんなに俺が煙草吸うの嫌か」

 だというのに、そんな風に聞いてしまうのは惚れた弱味、嗚呼、ベタ惚れにも程がある。
 俺の健康を思ってだとか、ガキ共の健康だとか、そういう理由なら多少は減らしてもいいかと思ってしまう。
 どんな理由で禁煙を突き付けられているのか、その言葉を待っている俺に対して、目の前の男は唸り声を上げながら視線を彷徨わせている。

「おい、銀時、」
「あー、っとなー」

 催促の声を上げると、頭を掻きながらそっぽを向いてしまった。
 白い髪が撫ぜる耳が、赤く染まっているのが見えて思わず触れたくなる。

「キ、」
「き?」

 あーうー、と言い淀む男の言葉を待つ。ニコチンの切れた状態で、正直、精神は限界をとっくに超えている。

「キス、がな‥苦いんだよ」

 キスが苦い、そう呟いた男が余りにも可愛く思えて、こちらまで赤面してしまいそうだ。否、しているかもしれない。
 俺がくそ甘いと思っていたキスが、こいつにとっては苦く感じられていたらしい。
 そういえば、キスをした後に眉をしかめていたのを思い出して、ちょっと安心した。本当は俺とのキスは嫌なのかと思っていたのだが、どうやら問題は味だったらしい。
 …嫌だったことには違いないのか?

「キスは‥嫌いじゃねぇけど、苦いのは嫌だ」

 止めの一言。
 可愛い、愛おしい、抱き締めたい、キスしたい。あらゆる欲望が生まれるが、とりあえず今は、本数を減らすことから始めていいか許可をもらいたい。



END.

禁煙コメントを反映させていただいた、テーマ「禁煙」です。
喫煙者にとって、非喫煙者とのキスは甘く感じます。で、その逆は苦いらしい。
喫煙者同士だと、別に苦くはないけど味が、という感じ。

(12.04.23)