空中庭園〜SCEPX・序章〜 [2/3] 「こいつが、トチ狂った金持ちか?」 「正確には発案者じゃない」 「だろーな。『空中庭園』なんて単語も知らなそーだぜ」 エマヌエルは、吐き捨てるように言って、整った顔立ちを嘲笑で歪ませる。 金儲けには一生懸命になるが、それ以外に趣味はないといった雰囲気がたかが写真一枚から嗅ぎとれるのだから、本人はどれだけ取っ付きの悪い人間だろう。 「発案者はその資料の中にもう一人顔写真がある男がいるだろう。そいつだ。三日後、東の大陸にあるそいつの別荘で競売がある」 言われてエマヌエルは、資料の紙をめくった。 ダリル=ティッチマーシュ、というのがその男の名前らしい。成る程、いかにも道楽にしか興味のない金持ち、といった風情で持ち金と同じくらい脂肪があるんだろうと突っ込みたくなる体型の男だ。先刻のアスプルンドとは正反対の印象である。 「その競売と空中庭園の話と、何の関係があるんだよ」 「ティッチマーシュの計画だと、空中庭園は楽園のイメージで造られるんだとさ。しかも庭園は一つじゃない。世界中の空に浮かばせるのが夢なんだとよ」 本気だろうか。 スィンセティックを生み出した科学者達とは別の意味でイカレてる。そう思ったのはウィルヘルムも同じようで、声に投げ出すような響きが潜んでいた。 「それで?」 「その庭園にはファンドルを放し飼いにするんだそーだ」 エマヌエルはリアクションを言葉にはしなかった。だが、深い群青色の瞳が僅かに剣呑な光を帯びる。 「……まさか、その競売に掛けられるのは」 「ファンドルじゃない。あくまで競売は隠れ蓑で合法のモンだ。それに紛れて地下でファンドルの取引があるって噂が立ってる。まだ情報の域を出てねーけどな」 「けど、行ってみる価値はあるって事か」 ファンドルというのは、正式名称『スィンセティック=ファンドル』。スィンセティックは生体合成兵器の総称だが、ファンドルは兵器として改造されたものではなく、金持ち相手に開発された、所謂『空想動物』――例えばペガサス、グリフィンなど――の具現化を見たものである。ただ、開発元はスィンセティックの開発に協力した研究所で、根本は同じとCUIO内では考えられていた。 フィアスティック・リベルの後、ファンドルも捕らえられていた研究所や顧客の元から逃げ出し、世界中に散らばったと言われている。今ではフィアスティックと並んだ捕獲の対象だが、裏社会では公的機関へ持ち込むよりも北の大陸に未だのさばるマフィアやスィンセティックを開発した兵器開発組織・ノワールの残党に売る方が実入りが良いのが現状らしい。 戻 [*prev] | [next#] |