雪の女王 [1/7] 『早起きは三文の得』ということわざが存在する。意味は、朝早く起きるとなにかしら良いことがあるというものだ。 「僕は標準には当てはまらないのだろうか」 朝が弱い自分にしては珍しく目覚ましの鳴る前に起き、二度寝もしなかった。 田舎町という敬称が相応しいこの町に越してきてから始まった生活だが、生活自体に問題はない。現在のような現象が時々あるくらいで。 「相棒を持ち歩けないのは辛いな」 全力で足を動かせば、さっき通ったばかりの道が逆回しで背後に流れていく。 肩越しに振り替えれば、相手はしっかり追いかけて来ている。人間にはあり得ない一つ目の風貌。よく見れば額に二本の角が生えている。 妖怪と呼ばれる彼らは普通の人間には見えない存在だ。この町にはそのような存在が多くいる。 そして秋都は、彼らの存在が見えるのだ。 やっと自宅まで戻ってきた秋都は、塀に寄りかかっていたその影を認め表情を曇らせた。妖怪と同じくらい会いたくない人物がそこにいた。 「秋都は朝から賑やかだな」 「凛さんがいる……幻覚かな」 「妖怪を背に、よくそんなことが言えるな」 ざんばらな黒髪をかき上げながら、凛は文字の書かれた紙を妖怪に向けて放った。秋都の頬すれすれをかすめていった紙は妖怪に張り付くと白煙を上げる。 この世に妖怪と呼ばれる存在がいるのなら、それを退治するものも存在する。 秋都と凛がそうだ。 肩からかけていたバックを庭側に放り投げ、秋都は両手を合わせた。 「応え、我が声に。汝の名は『雪白』」 秋都の声に続き、ガラスの割れる音が響く。音の方向は確認せずとも、秋都の家からであることは間違いない。 戻 [*prev] | [next#] |