七つの大罪 | ナノ





空が白んできた。

結局、彼女は一睡も出来なかった。
一晩中考えて出てきたのは、もし彼が村を追い出されるのならば、自分も村を出る、その決意だけだった。


ふと、枕元の無造作に置かれた銀の短剣が目に入った。
双頭の鷲の紋章。
細工の施された鞘には真っ赤な美しい宝石が嵌め込まれている。
真紅の宝石は光の加減によって、綺羅星のように瞬いた。
鞘から刀身をゆっくりと抜くと、的礫とした細い刃が露わになった。

大切な、大切な短剣。
これは彼女が12のときに、母から授かったものだ。

「リリイ、よくお聞きなさい。この短剣を貴女に渡します。とても大切なものよ。私も母の、そのまた母から代々受け継いできたのです。次は貴女に渡すの。如何なるときでも、肌身離さず持っていなさい。もし、もし貴女の身に何かあれば、この短剣を使いなさい。自分の身は自分で守らなければなりません。」
真剣な眼差しで母は言った。
幼い彼女は母の言葉を聞き、漠然と大切なものだと理解した。

輝く赤い宝石に不思議な鳥が彫ってある鞘、細かい装飾。銀色の美しいずっしりとしたそれは、幼い彼女にとって魅力的なものであった。
この短剣を渡されたことによって、母に認められたようで嬉しかった。


刀身を鞘に戻す。
上質な革で造られたホルスターを太股に巻きつけ、短剣を差し込んだ。
重量感のあるそれも、身につけているとすっかり慣れてしまっていた。

鏡に掛けられた布を取り、自身の面を見る。
目の下に隈がくっきりと主張していた。
彼女は溜め息をひとつ零した。


小さな馬小屋には、一頭の馬が顔を覗かせ、やっと来たかとばかりに蹄を鳴らした。
上品な顔立ちで体躯の良い、焦茶色の毛並を持つ馬だ。
彼女は暗澹とした心持ちのまま、馬にブラッシングをする。
時折手が止まったかと思うと、はっと思い起こし、慌てて手を動かせる。
動物は人の心を敏感に読み取る。
馬は不服そうに鼻を鳴らした。
彼女はそんな馬の様子にすら気が付かなかった。

ちっぽけな馬小屋を掃除して、真新しい藁を積み上げる。
娘が一人でこなすには少々骨が折れる作業だ。
その全てが終わる頃には、すっかり太陽が空のの真上で燦々と輝いていた。
ふう、と額に手を当てて息を吐く。

「精が出るね。」
「アラン!」
彼女は動揺した。
両親の会話が脳裏を過る。
今夜、父と母は村長を訪れ、彼の処遇が決まる。
もし、彼が村から追い出されるなら...そう考えると胸が張り裂けそうだった。

「どうしたの?まさか、眠れなかったのかい?」
彼は彼女の目の下に触れる。
優しい手つき。
やっぱり、この人は悪い人なんかじゃない。
彼女は確信めいたものを感じた。
「そうなの。でも、大丈夫よ。」
彼女は眉尻を下げてぎこちなく笑った。
「...そうか。無理は駄目だよ。」
彼は心配の色を滲ませた声音でそう言って、彼女の額にキスをした。


アラン。ああ、アラン。愛しい人。
他の人がなんと言おうとも、私は貴方を信じるわ。





- 7 -


[] | []

back




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -