「アリサ、ちょっとよろしいですか?」
「・・えーっと、霧さん?」
なにやらジオたちはまだ話があるらしく、わたしだけ部屋に戻ることにしたのだが、ふと後ろから投げ掛けられた声に振り向くとニコリとこちらに笑顔を向けながら腕を組んで立っている霧さんの姿。すこしだけ歩み寄り、どうしたんですか?と訊ねてみれば、またにっこりと微笑んで霧さんがそっと口を開く。
「先程は言いませんでしたが・・あなた私とどこかで会ったことありませんか?」
「え?いや、多分無・・、」
「霧、ナンパはやめてくれるかな」
無いと思いますけど。そう言おうとした言葉は彼の声と、体を後ろに引き寄せられるようにして包み込まれたことによって消える。見上げれば声の通りそこには何故か先ほど別れたはずのジオがいて、笑顔で霧さんと視線を交わし合っていた。
「ジ、ジオ!?」
「おやおや・・盗み聞きとはまた悪趣味ですねぇ」
「アハハ、盗み聞きだなんて心外だな。俺はアリサに用があったのを忘れていてな、こっちに戻って来ただけだぞ?そうしたらお前が在り来たりな言葉でアリサをたぶらかそうとしていたんだよ」
「フフフ、こちらこそ心外ですよ。僕がそのような低俗のする低レベルな行為をするとお思いで?」
「あぁ、思うな。毎日違った女を連れているお前が下心無しで近付くとは思えん、むしろそう考えない方がおかしいさ。まぁ別にそのことを咎めるつもりはないが、今回は別だ。・・ついさっきも言っただろう?」
「(……なにこの状況)」
ふたりのその表情こそは、ニコニコと笑みが浮かんでいる・・はずなのに、言葉に含まれている恐ろしいくらいの刺々しさは全く隠しきれていない。いやいやいやそこに挟まれるわたしは一体どうしたらいいのだろうか。冷や汗を垂らしつつ、ふたりの様子を眺めていれば、ふと霧さんがわたしへと視線を合わせる。
「ところでアリサ?一番最初にプリーモとデートをしたと聞きましたが?」
「え!!?」
「・・どうして霧が知ってるのか気になるな」
「フフフ、企業秘密です」
「・・・・・」
「いやあれはデートというか…まぁ出掛けはしましたけど、デートじゃないですよ」
「えっ」
「えっ!?」
なんでびっくりしてるんだジオは!!?
「そうですか。なら私とも行きましょう。これから何かと関わることになると思いますし、あなたといろいろ話したい」
「え……えええええええ!!?」
「明日の正午、街の噴水で待ち合わせです」
ぐんっとジオからわたしの腕を引っ張り、耳元にそっと顔を寄せてそう囁く霧さん。近い顔と耳にかかる霧さんの吐息にドキリと心臓が跳ね、思わず「はい!!!」と返事してしまえばいい子です、と微笑まれる。そして霧さんは顔を上げ、ジオに向かってなにかを呟いたかと思うとそれではまた、と言い残して消えてしまった。
「・・・あ、あいつ…」
「きききき消えちゃったよ!?ジオ!?」
「・・・はぁ、いつもあぁなんだ。あいつは」
「いつも!!?」
人が消えることがいつものことなの!?少なくともわたしの18年の人生では見たことが無いんだけど!?…一体どんなトリックがあるのか是非教えて頂きたい。謎と疑問がぐるぐるとまわりながら呆然としているわたしに、ジオが「アリサ」と口を開く。
「まさかとは思うが・・行くなんて考えていないよな?」
「え?なんで?」
「見ての通り霧はなかなか掴めない奴だからな、アリサとはあんまり二人きりにはさせたくないんだ。・・信じたいけど、あいつのことはまだよくわからないからさ」
「・・そ、そっか。あ、そういえばなに?私に用事って言ってたけど…」
「あぁ、そんなの霧対策の口実だ」
「・・・・・」
そう言ったジオの笑顔はなんだかとても黒く見えて仕方がなかった。きっとこれは気のせいではない。それじゃあ俺は戻るねと言ったジオにうんと返事をし、わたしも与えられている自分の部屋へと戻る。ベッドに沈みながら考える。何故ジオはそんなにも霧さんに対して気を張っているのだろうか?
「そんなに悪いひとじゃないと思うんだけどなあ…」
またひとつ、疑問が増えた。