「いいか?嵐。アリサは客だけれど、ただの客ではない」
「…」
「俺の'大切な客'だ。今言えるのはそれだけだ」
「…そうかよ」
ふぅ、と肺に溜めた煙を吐く。相変わらず暗い部屋にぼんやりと煙草の火種が浮かぶ。そろそろ電気でもつけたらどうなんだろうか。まぁ別にいまはそんなことどうだっていい。
(……)
大切、そう言ったはずのジョットの顔がとてもそうには感じられなかったのは何故だろうか。まるで自分に言い聞かすように、そうだと思い込むように。いや、だけどあいつと話しているときや、あいつに対するジョットの態度はとてもただの客に対するものではなくて、確かに『大切』に扱っているようにも見えた。だけど今のこの表情は?そしてあんなガキになんの価値が…?やはりこいつの考えていることは俺にはよくわからない。
「私も貴方が言うその"大切"なお客というのに会ってみたいですねぇ」
「…興味ないな」
「えーいやだなぁ。霧は女なら誰彼構わず、すぐ手を出すじゃないか。特にアジア…日本人に興味あるんだろ?」
「フフフ、よくお見通しで」
「・・・日本人?」
「ん、雲が反応するなんて珍しいな。アリサは日本人なんだ。・・まぁハーフらしいけどな」
「・・・僕は、日本人が苦手なんだ」
「とかなんとか言いながら、日本語話してるよな!」
「・・・・・・・・・・」
にっこりと笑うジョットに対してその目の前にいる奴…アラウディは、自分で言うものアレだが俺以上に物凄い血相、眉間にシワを寄せプルプルとふるえていた。人に合わせたり従ったりするのを最高に嫌うアラウディがここに呼ばれているというだけでも驚きなのに、こうして沸き上がるであろう怒りに耐えているこいつに感心というかなんだか同情する。それだけジョットは逆らい難い存在ってことだ。苦笑いを浮かべてそんなことを考えていれば、ふと疑問が浮かび上がる。
「日本人って言えばあいつは一緒じゃねえのか?」
「あいつとは?」
「だから、う・・、」
「嵐。さっき俺なんて言ったっけな?」
「…雨だよ、雨」
にっこりと笑うジョットには逆らえる気がしないし逆らおうとする気も失せてしまう。もう何年も共に過ごしてはいるもののやっぱりこの笑顔には慣れる気がしない。
「あぁ、彼なら先程入り口で会いましたが」
「ん、まだここには来てないぞ」
「は?もう随分時間たってんじゃねえか」
そしてここで嫌な予感が過る。やっぱりアラ…雲は興味なさそうにしていたし、霧は相変わらず薄っぺらい笑顔を浮かべていた。ったくなんでこいつらこんなに余裕っつーか他人に対して執着がねえんだよ!そしていま話題となっているあいつのことを思い浮かべる。
「・・・あいつって方向音痴だったよな」
「フフフ、困りましたねぇ」
「・・探しにいくか」
なんだか霧は面白そうにしていて、ジョットのその言葉で俺達は呆れたようにため息をついて(達と言っても俺とジョットだけ)薄暗い部屋を後にした。ここでジョットが話そうとしていたなにかを疑問として残して。
(はい雲、帰ろうとしない)
(…)