ただいま、と小さく呟いて玄関のドアを開ける。そうすれば楽しそうな笑い声が3つリビングから溢れてきて、私の声はそれに溶けて消える。靴を脱いで洗面台で手を洗って化粧を落として部屋へと向かおうとすれば、私が帰って来たことにやっと気付いたのかお母さんが弟を抱いて「あら、おかえりなさいナマエちゃん」と部屋から出てくる。それを見て3歳に満たない弟も「おねえちゃん、おかえり」と覚えたばかりの言葉を懸命に紡いでくれた。それにただいま、と返して頭を撫でてやれば「えへへ」と嬉しそうに笑うものだから私まで頬が緩んだ。あとからひょっこりと顔を出してきたお父さんも優しそうに笑っておかえりと言ってくれて、私は幸せなんだなぁと感じながら二階へと上がった。あれ、でもなんか皆、心なしかニヤニヤとしていたような、





「あ、おかえりー」

がちゃ、ばたん。開けてすぐにドアを閉めた。あれ、ここ私の部屋であってるよね?そうでなくても私の家って4人家族だよね?え、ちょ、じゃあ今のはなんだったの?いやそれよりももっと大きな問題がある。私のベッドでごろーんと転がっていたのは『あの人』だった。いや、ちがう。そんなわけないだって彼は、


「なにやってんの?入らないの?」

「だっ」

「あ」


がちゃ、ごんっ。ドアが突然開いて必然的にドア目の前にいた私の顔へとクリーンヒットする。むしろ鼻にヒットしました。ねえ知ってますか人間は体の中心部全部が急所なんだよ。ぬおおお…とジンジンと熱くなる鼻を押さえて痛みと戦っていれば、ぺたりと廊下に座り込んでいた私にひとつの手が差しのべられる。見上げれば、そこには真っ白な、


「あーごめんね、大丈夫?」

「…」

「んー、打ちどころが悪かったのかなぁ」

「…」

「おーい」

「……ん」

「ん?」

「白、蘭…?!」

「あれ、キミ僕のこと知ってるの?」


驚いたなあ、そう言って私の腕を掴んで立たせてくれた彼は、紛れもないあの人だった。白くハネた髪と左目の下のタトゥー。そう、これは若干18歳にして私が愛読している週刊少年ジャンプに掲載されている家庭教師ヒットマンREBORN!のキャラクター、白蘭そのもので。…いやいや有り得ない。漫画のキャラクターが自分んちにいるなんてどこの夢小説だよ。あれでもいま「僕のこと」って言ったよね?しかも鼻が痛いってことは夢じゃなくて現実?え、じゃあこれはやっぱり、


「ぎゃ、逆トリップ…?!」

「んーとりあえず部屋に入ろうよ。廊下寒いよ、僕寒いの苦手なんだ」


そう言ってそそくさと部屋に入っていった『白蘭っぽい人』はそのまま部屋の暖房をピピッと上げてさらにはハロゲンヒーターまで付けてそしてさらに毛布にくるまった。え、いやそれ私の毛布っていうかここ私の部屋なんですけど!?


「ちょ、」

「ねー暖房逃げちゃうから早く閉めてよ」

「あ…はい」


言われるがままドアを閉めて部屋の隅に正座する。あれ、どうして私こんな扱いなんだろ。ここ私の部屋なのにな。ていうかやっぱりこの『白蘭っぽい人』はあの白蘭なんだろうか。なんだかちょっと若い気がするけど。だとしたらどうしよう。白蘭って言ったらボンゴレ狩りを命じたミルフィオーレのボスじゃないか。もしかして私すっごい命の危機に晒されてる?いやでも私ボンゴレじゃないしさすがの白蘭も初対面の人を殺すなんてことはないだろう。うん。


「ところでさ」

「は、はい!」

「僕のこと知ってるってキミ、なんなの?」

「え?」

「どこのファミリー?」


いつの間にか目の前にいた彼。顔の横には両腕があって、私を見るそのアメジストは先程までとは全く違う冷たいものまるで嘘はつかせないと言っているかのようだった。いやでもそうは言っても私ただの一般家庭の高校生なんですけど。


「っわ、私はただの一般人です」

「うん知ってる」

「……は?」

「アハハ、ちょっと試してみただけさ。キミみたいに隙だらけなマフィアがいたら笑っちゃうよ」


ふい、と私から離れる影。前言撤回、やっぱりこの人は悪逆非道のマフィアのボスなんだ。あの冷たい目は本誌で見たものよりも怖いと感じた。だけど同時にこの人は本当にあの白蘭なんだと自覚するには充分で。先程よりもこの笑顔がとても恐ろしく、感じた。

(…や、やっかいな人が来ちゃったよ…!)




「ところでここ何処?日本みたいだけど、この部屋ずいぶん狭いね」

「(大きなお世話だ…)えっと、まあ日本っちゃ日本ですけどなんていうかあなたが知ってるとことは違うというか別次元というかなんというか…」


さ、さすがに「あなたは漫画の中のキャラクターで逆トリップして来たんですよ」なんて言えるわけがない。というか言ったらところで受け流されるか信じられないかのどっちかだろう。あ、それか「なに言ってんだこいつ頭おかしいんじゃねーの殺しちゃお」とか?あ、それダメ、どうしよう。


「あーやっぱりかぁ」

「やっぱり…?」

「ちょっと友達と転送システム造ってたらさー、突然光って次に目をあけたらここにいたってわけ。んーどっかで次元が狂っちゃったのかなぁ」

「…」


淡々と話す彼についていけない。と、友達って正ちゃんだろうか。転送システムって10年バズーカの延長線のあの丸くて白い装置のこと?たしかその中には10年後のボンゴレファミリーたちが入れられていて…って、造ってた、ってことはまだ開発途中段階?だとしたらここにいる白蘭は10年後の白蘭より少し若い白蘭ってこと?…な、なんか意味がわからない。


「とりあえずここにいさせてよ?いつ正チャンが直してくれるかわかんないしさ」

「ちょ、無理無理!困ります!家族も居るし、」

「あぁ、それなら大丈夫。さっきキミが帰ってくる前に挨拶して話はつけておいたから」

「なっ」


だ、だからさっきお母さんもお父さんも(さらには3歳の弟まで)ニヤニヤしてたのか。あーもー絶対変な勘違いしてる絶対そうだ。私が男を部屋に連れ込むとか今まで一度も無かったし。まぁこの家に引っ越してきてから、だけど。


「ちなみに怪しまれないように彼氏ってことになってるからよろしくね」


もう言葉が出ない。ああ、どうせなら正ちゃんがよかった。とりあえずこれから壮絶な日々が始まりそうです。
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