俺は、狡い。



「ザキくーんんんん!!」


ドタドタドタ!廊下を駆け抜けて俺の胸へと飛び込んできた彼女をしっかりと受け止めてやる。最初は驚いてそのままいっしょに倒れちゃったりもしたけど、それも毎日のように続けば自然と慣れてしまうものだ。それに一応俺も男だし女の子ひとりくらい受け止められないと……


「ぐふァァァ!!」
「うわあああああザキくんんんん!!」
「(み、鳩尾…)きょ…、今日はどうしたんですか…また副長に怒られたとか?」
「またって言わないでよーー!!」
「あ、スミマセン。それで?」
「うううう…!!聞いてよ理不尽なのよ!副長と食堂でお団子食べてたら『お前もマヨネーズかけてみろよ、うめーから』ってエロティカルイケメンボイスで言われて、ああどうしよう超かっこいいって思ったけど、やっぱさすがにちょっとアレだから『マヨは太るから遠慮しときます』ってやんわり断ったのに次の瞬間には『マヨネーズを侮辱すんなァァァ!!』って脳天チョップだよ!?なんでやねん!」
「(エロティカルイケメンボイス…?)いやいやなんでやねんってなんでやねん」
「うるさいザキくんにボケは求めてない」
「ああ、そう。じゃ」
「あああああごめんごめん見捨てないで!!痛いよおおおおおお慰めてええええ」
「はいはい」


俺の胸あたりに顔をゴシゴシと擦り付けている(絶対鼻水ついてるよコレ)彼女の頭にぽふぽふと手のひらを重ねてやれば、ブツブツと副長の愚痴をこぼし始めた。マヨネーズは高カロリーだから副長は高血圧で早死にするだの瞳孔乾いて失明しろだの、そんな悪態をついているがそれが本心ではないことを俺は知っている。何故なら彼女の顔が言葉とは裏腹にやさしく綻びているからだ。

(…しあわせそうな顔で笑うなぁ)

彼女が副長に想いを寄せていることを知っているのは、俺だけだ。何がどうしてこうなったのかは知らないが、気がついたら俺は彼女の恋愛相談役(愚痴り相手とも言う)になっていたわけだ。それでも俺はこのちいさな時間を大切にしているらしく、面倒だと思ったことは一度もない。面倒、だとは。


「ザキくん、ありがとうね」
「いえ、いつものことですし」
「なにそれイヤミ?」
「いや、とんでもない。話を聞くぐらいしか俺には出来ないですから」
「そんなことないよ!ザキくんみたいにやさしい人がいなきゃ、わたしここでやっていけてなかったと思うし」
「アハハ、ほんとですか?」
「ザキくん依存症みたいな?」
「え、なんですかそれ」
「そのくらいわたしにはザキくんが必要ってことだよ!もしザキくんがいなかったら副長のこと好きになってなかったかもなあー、ザキくんがいてくれてよかった!」
「…そう言ってくれるのナマエさんだけですよ」
「ザキくんはちょっとあれだからね、地味っていうか、ね?」
「台無しなんですけどォォ!!」
「あはは、うそうそ!」


(………。)


なんだよそれ、なんて口には出さなかった。自分が惨めになってしまうからだ。何故?そんなの決まってる。決まっているからこそ、なにも出来ないんだ。俺がいなかったら副長を好きになってなかった?ああ、なんて滑稽な話だ。ねぇ、それならキミは副長がいなかったら俺を見てくれていたの?

(…馬鹿みたいだ)

彼女の言葉ひとつに俺はこんなにも躍らされ、支配されている。この感情がなんなのか気付かないほど俺は鈍くなんかなくって、それでも前に進むことも後ろに退がることも出来ない俺はとても臆病な人間なのだ。俺は、狡い。相談に乗って、彼女の言う"やさしい人"を演じながら、胸の中では叶わぬ恋だと彼女のことを嘲笑っている。でも、そうすることでそれが全て自分にも当てはまることだと気づいたとき、俺はなんて愚かなのだろうと嘆くことになる。


「でもあんまりザキくんにも迷惑かけてられないねー」
「め…迷惑だなんて思ったこと一度もないですよ、俺」
「アハハ、ザキくんはほんとやさしいね。でもだからこそ、そろそろ自立しなきゃかなあー」
「…、ナマエさんは狡いですよ」
「ん?なにか言った?」
「いや…なんでもないですよ」
「ん、じゃあそろそろお昼休みも終わるし戻ろっか?今日もありがとねえー」
「…っ!」
「?ザキくん?」


俺は狡い。嘲笑っていながらも、本当はただ彼女と一緒にいれる理由をつくっていたいだけなのだから。思わず掴んでしまった手がひどく熱くて、もどかしくて、愛おしい。自分が彼女を支配しているのはこの一時だけであり、彼女の気持ちや彼女のすべてを引き止められるわけじゃない。わかってる、わかってるんだ。それなのに離すことも引き寄せることも出来ない俺はどうすればいい?わからない、わからない。一体どこにこの気持ちを堕とせばいいと言うのだろうか。


「…えっと、あ…明日一緒にミントンしません?」
「え、ヤダ」

依存しているのは俺の方。

20100815
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