「なんで僕のこと名前で呼ばないの?」


どこを見ても広がる黒、黒、黒の空間に浮かぶ不釣り合いな白が揺れる。その声の方にゆっくりと顔を上げ視線を合わせれば、彼はいつものように薄っぺらい笑顔を貼り付けて私の言葉を待っていた。今日も黒いワイシャツに黒のタイトなズボンに身を包んでいる目の前の彼。いつ見てもそのふわふわの真っ白な髪にその格好は馴染まない。そんな姿を目に映しながら、私は頭に浮かんだことをそのまま素直に口にする。



「…ほんとうはさ、マシュマロすきなんでしょ?」

「えっ、なにいきなり?…んー、なんで?」

「あなたはなにかに依存しないように無理矢理自分を抑えてるように見えるよ」

「アハハ、なんの根拠で言ってるのかな?」

「本当は、なにかに依存したいんでしょ?」

「そんなことないよ」

「黒を好むのは、黒が他に染まりにくいから。だけど本当は黒なんかすきじゃない。無理矢理重ねようとしてる」

「…もしそうだとしても、僕が何色を好きだろうときみには関係ないよね」

「ほんとうは誰かに依存したくてたまらない、ほんとうはとっても寂しいんでしょ?」

「…」

「ねえ」

「うるさい」

「私があなたを名前で呼ばない理由は」

「黙れ」

「あなたが…」

「黙れって言ってるんだ!!」



びりびりと彼の低い声が頭に響いた。彼のこんな声を聴いたのは初めてだ。それと同時に私の背中は黒のカーペットが敷かれた床に叩きつけられていて、鈍い痛みが身体全体に伝わる。それでも下がかたいタイルじゃなかっただけよかったなぁと考えながら私を見下ろす冷めたアメジストにゆっくりと視線を合わせた。こんなに彼を近くで感じたのは初めてかもしれない。だって、いつだって彼は周りから一歩引き、離れたところにいたのだから。



「痛い?」

「うん」

「僕、君のそういう真っ直ぐなところ嫌いじゃないけどさ、時々無性に壊したくなるんだよね」

「うん」

「…まぶしいんだよ、眩しくて、仕方ないんだ」



彼の手によって床に縫い付けられている手首が痛い。だけどそれがぴくりと動いて緩んだとき、目の前のアメジストがほんの少しだけ滲んだのを私は見逃さなかった。彼の手から自分の手を抜き、その真っ白な頬にそっと手を合わせる。そうすればもう言葉なんかいらなくて、私の体は彼のぬくもりに包まれていた。今にも壊れてしまいそうな彼の背に、私は応えるようにゆっくりと腕をまわした。



「…どうしたら」

「うん」

「どうしたら君みたいになれるの?」

「…きっと、それに答えはないよ。だって私は私で、あなたはあなたなんだから」

「…うん、そうだよね」



鈴の音のように小さな呟きに私はぽんぽん、と真っ白でふわふわの頭に手を置いた。誰よりも染まりやすくて誰よりも真っ白なあなたは誰よりも脆くて弱い。それを隠すように彼は黒いものばかり身に置くようになった。彼の真っ白な髪とは正反対の私の黒。きっと、私が日本人で黒髪じゃなかったらここにはいなかったと思う。あぁ、日本人でよかったなぁなんて考えてしまう自分に思わず笑ってしまう。私は私で、あなたはあなた。それはこれからも変わらないし、私はこれがいちばんだと思っているよ。



「私はね」

「…うん」

「そのままのあなたがすきだよ」

「…あはは、僕はまだ僕自身のことを好きになれてないのに君は僕が好きだなんて笑っちゃうなぁ」

「…ねえ」

「…うん?」

「ほんとうの名前、教えて?」

「…」

「私知りたいな」

「…………白蘭」

「そっか、ぴったりの名前だね」

「…そうかな」

「うん。じゃあさ、明日は真っ白のお洋服を着てふたりでおひさまの下でお茶でも飲んで、今日も平和だねって他愛も無い話でもしながら」

「うん」

「ビスケットにマシュマロを挟んで食べようね、白蘭」

「…うん、」



僕のにはマシマロたくさんだからねと呟いた彼に私はすこしだけ考えたあと、仕方ないなぁと微笑んだ。

20100423
解説…このお話の白蘭は黒蘭と名乗っていました。理由は上記参照。妄想も甚だしい
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