彼と争いになったあの人は何も言わずにここを出ていった。あんなに仲良く笑いあっていた二人がどうして?原因はなに?二人の一番近くにいた私にさえ、わからなかった。何度自分の不甲斐なさに嘆いたことだろう。もっと私がしっかりしていれば。もっと私が周りを見ていたら。あの人はここに居たかもしれない。今でも3人で笑いあっていたかもしれないのに。そしてあの人がいなくなったその日は私の誕生日の前日だった。








「時が過ぎるのは早いな」


そんな想いを胸に抱いてもう5年の歳月が流れた。5年前の今日あの人は出ていったわけで、つまり今日は私の誕生日。あれから変わったことはいくつもあるし、変わらないことだってある。そっと私の肩を抱いて優しく髪を撫でるのは、私の幼なじみの一人であり、夫でもある彼。あの人が出ていってから1年後、私達は婚約した。私は結婚願望なんてなかったけれど彼と一緒になることに対して特に何とも思わなかったし、何でもそれは決まっていたことらしくすんなりと事は進んだ。


「・・そうだね。本当に」
「・・まだ自分を責めてるのか?」
「・・さぁ?あの時の私はまだ若かったし、もう5年も前のことだもん。今更悔いても仕方ないよ」
「・・お前に謝らなくちゃいけねぇことがある」
「?なに?」


彼は私から離れると、机の引き出しから数枚の封筒を取り出し無言で私に手渡す。どうやら手紙らしく、一枚手にとってその裏を何気なく見てみれば、私は言葉を失った。そして急いで他の封筒を確認する。全部で4枚。その全てに小さく『Dear.ナマエ』と書かれている見覚えのある懐かしい字。


「開けても、いいんだよね?」
「・・・・・・」


彼は何も言わない。ドクドクとうるさい心臓と目頭が熱くなるのを感じながら一番下にあった少しだけ古い封筒を開けた。そこに書いてあったのは細かい便箋を無視した短い文字。




誕生日おめでとう。

今年はそばで祝ってあげれなくてすまない。

この一年がナマエにとって幸せなものになるよう願ってる。


ジョット




「・・あいつが出ていってから、4年間毎年届いていた」
「・・・・・」
「・・5年前、お前の婚約者だったのは俺じゃねぇ」
「・・・っ、」
「・・今年も届いてる」


渡されたそれを震える手で開く。そこには他より増して大きく書かれた文字。


「わた、し・・っ」
「・・いってこい」


俯く私に、いつもと変わらない手つきでそっと頭を撫でてくれた彼。胸がぎゅうっと締め付けられる。目頭が熱くなって、涙が止まらなくなった。あぁ、私この手が好きだった。ジョットが出ていってから心にぽっかりと穴が空いた私を5年間、彼はずっとそばにいてくれて私を守ってくれた。ちょっぴり横暴なところもあるけど、不安なときや寂しくて眠れない夜は彼が優しく頭を撫でてくれたから・・セコーンド、あなたがいてくれたから。


「ごめ、ん・・なさ、」


セコーンドは私の前髪を優しくかき上げて、額にそっと口付ける。5年間、セコーンドは私にキス以上のことは決してしなかった。それは何故だかわからなかったけど、今となっては私に遠慮していたんだと思う。


「・・これで最後だ」
「う、ん・・っ、」
「・・誕生日おめでとう」


彼は小さく微笑んで私の背中をトン、と押す。ねぇ私、あなたに何かしてあげれたかな?気付けばいつももらってばかりだった。ごめんね、ごめん。こんなに優しいあなたを裏切ってしまって。そして、本当に、


「ありがとう・・っ」


お屋敷を飛び出した。最後は私、ちゃんと笑えてたかな?きっと、溢れ出す涙でぐちゃぐちゃだったと思う。




パタン、と静かに閉じた扉。涙でボロボロの顔であいつは笑って俺にありがとう、と言った。違う、違うんだ。俺は感謝されるようなことは何もしてねぇ。むしろ逆だ。俺はお前に謝らなくちゃいけないんだ。ジョットから届く手紙をお前に見付からないよう隠していたのは俺だ。どうしても、どうしてもお前をジョットに渡したくなかった。ずっとずっと欲しかった。ひだまりのように温かいお前を。ぶっきらぼうな俺に変わらず笑いかけてくれるお前の笑顔を。やっと、手に入れた愛しい存在だった。


「5年間・・手放せなかった俺を許してくれ」


これは俺のケジメでもあり、お前とジョットに対するせめてもの償いでもある。だから、だからお前には幸せになって欲しい。


「愛してる・・ナマエ」


ナマエに触れた唇をそっとなぞる。なぁ、ナマエ。これが、これが最後だから、だから今だけはお前を想うことをどうか許してくれないだろうか…





「はぁ、はぁ・・」

このお屋敷は私達3人の思い出がつまっている。そして5年間セコーンドと過ごした日々も。涙で霞んで歪む目をこすって走る。こんなに必死走ったのは何年ぶりだろうか?きっとまだ私達が3人だったとき以来だな。


「はぁ、はぁ・・。やっぱり変わらない、な…」


辿り着いた場所は、よく3人で訪れた小さな湖と、その周りにオレンジの花が綺麗に咲いている畔。ジョットが居なくなってからは一度も訪れていなくて。あぁ、胸が高鳴る。


「見付けた・・」
「・・・!?」

ふわり。包まれた体と懐かしいぬくもり。ねぇ、変わらないね。私、一瞬でわかったよ。


「・・っ、ジョ、ット…ッ!!」
「あぁ・・久しぶりだな、ナマエ」
「なん、で・・出て、いったの・・?」
「・・すまない、ナマエには辛い想いをさせた」
「ほんと、だよ・・っ」


抱き寄せていた体を少しだけ離せば、視線が重なる。久しぶりに見た愛しい彼女は少しだけ大人びていて、あぁ本当に帰って来たのだなと思った。ナマエの目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ち、鼻と頬は真っ赤に染まっている。その涙を指で拭ってやればナマエはふわりと笑った。あぁ、やっと、やっとそばで、


「誕生日おめでとう」


手紙がぱさりと落ちる。そこに書いてあった言葉は、短い言葉。




("迎えにいく")
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -