「あなたは神様を信じますか?」


たまたま見付けて気まぐれで訪れた町外れの小さな教会。そこで出会った柔らかな白い肌をした女の子が僕に問いかけた言葉は、理解できないものだったっけ。


「んー、どうかな。カミサマなんていないよ」
「私は信じているのですけれど・・」
「きっと君が信じるカミサマと僕の信じるカミサマは違うんじゃないかな?」
「そうでしょうか・・?あ、よかったらそこに腰掛けていて下さい」
「うん、じゃあそうさせて貰うよ」


ニコッと笑ってまた十字架へと向き直る彼女に「その前に、」とひとつ聞く。どうやら彼女は毎日のようにこの教会を訪れ祈りを捧げているらしい。僕のように、とても欲深そうには見えないこの女の子は一体何を願うのだろうか?それは僕には叶えてあげられないことなのだろうか?だって、君が信じるようなカミサマなんていないのだから。


「ねぇ、君は何をそんなに願っているんだい?」


だから、聞いてみた。僕に出来ることなら叶えてあげたいから。多分それは親切とか人助けとかそう言うんじゃなくて、ただの興味本意や気まぐれと言ったものだと思う。祈りを捧げていた彼女は一旦それをやめてうーん、と小さく呟き僕の隣に腰掛けた。


「だめ、秘密です」
「んー、どうして?」
「だって、言ってしまったら叶わないもの。私と神様だけの、秘密なんです」


そう言って彼女は小さく笑った。彼女が信じるカミサマへの願い。なんだかそれが気になって僕もこの小さな教会へ足を運ぶようになった。生真面目な部下は仕事をしろと、うるさかったけどね。彼女のことで知っているのは名前と、祖父と二人暮らしをしているということだけ。それ以上もそれ以下も僕は彼女のことを何も知らない。彼女が何を願っているのかも。

そしていつものように教会を訪れれば、そこに彼女はいなかった。いつもなら僕よりも早く来ているのに今日は寝坊でもしたのだろうか?そう思ってしばらく待っていても彼女は来なかった。そんな日が2日…3日…、1週間と続いたある日。うるさい部下をなんとか振り切って今日も教会へ足を運べば、ギィ、と開く扉と低く少々枯れた声。


「おや・・・?」


扉が重く開き、そこから現れたのは身なりがとても良いとは言えない小さな老人。老人は僕を見ると小さく笑い、こちらへとやって来る。その柔らかな雰囲気は、なんだかあの少女を思わせた。老人は僕の近くまでやって来ると、少しだけ目を開いて僕を見上げた。


「君は、もしかして・・」
「?」
「・・あぁ、いきなりすまないね。ちょっと尋ねるが、いつもここにやって来ていた女の子を知っているかね?」


そう言う老人に少し驚きつつも、きっと彼女のことだろうと思い、こくりと頷けば老人は少しだけ眉を下げて小さく笑った。


「私はあの子の祖父でね・・今日はあの子の代わりに祈りに来たんだ・・」


そういえば、彼女は祖父と暮らしていたと言っていたっけ。彼女の言葉を思い浮かべながら、疑問に思ったことをひとつ口に出す。


「彼女の、代わり?」
「・・・あの子はね――…」


その言葉の続きは信じられないものだった。僕は彼女のおじいさんだと言う老人の肩を掴み、彼女の居場所を聞いて柄にもなく教会を飛び出した。ねぇ、やっぱり君の信じるカミサマなんていないじゃないか。










「やっぱり・・あなたの言うとおり・・神様なんて、いない、のかもしれないです・・」
「・・どうかな?君が信じるカミサマと僕の信じるカミサマは違うからね」
「あはは・・そうでしたね」


たどり着いた先にあったのは、お世辞にも綺麗とは言えない小さな家のベッドに横たわる彼女の姿。悲しげに小さく笑った彼女がなんともいたたまれなくて心臓のあたりがきゅっ、と縮まる。そして頭を駆け巡ったのはいつも僕が思っていたあの言葉。けれどそれを言ってしまったら彼女の中の信じるものを壊してしまう気がして、今まで心の中に閉まっていた。だけど、今言わなければ。


「ねぇ、僕が君の―――…」
「え・・・?」
「ね」
「・・信じて、みようかな?」
「ん、約束するよ」
「・・うん、・・ありがとう」


静かに目を閉じた彼女の柔らかな髪にするりと指を通す。こうして頭を撫でてやれば、いつも彼女は小さく頬を染めて笑っていたっけ。そんなことを思いながら細くて小さな白い手をきゅっ、と握った。あぁ、おかしいな。確かにここにはまだ、こんなにも温もりがあると言うのに。


「・・もうこの世界はいらないや」


それが、僕と君が出会った初めての世界だった。そして、僕が完全に滅ぼした初めての世界だった。









そしてまた訪れた小さな教会。もう何個目の世界で、何度訪れただろうか。だけどどの世界も僕が望むような結果にはならなかった。あぁ、早くアレさえ完成すれば・・。そんな焦りと苛立ちを胸に、教会の扉をゆっくりと開き足を踏み入れる。あの時と同じように。そうすればそこには君が居て、こう言うんだ。


「あなたは神様を信じますか?」
「んー、どうかな。カミサマなんていないよ」
「私は信じているのですけれど・・」
「きっと君が信じるカミサマと僕の信じるカミサマは違うんじゃないかな?」
「そうでしょうか・・?あ、よかったら、」
「だったらさ、」


言葉を遮るようにして言えば、彼女はキョトンとした顔で僕を見る。ねぇ、約束したよね?君の願いが叶って君が幸せと言えるような世界に巡り会えるまで、



僕は君を探し続ける




「僕がカミサマになるっていうのはどうかな?」



(無情なカミサマは放っておけばいい。僕が君の願いを叶えてあげるから。)


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テーマ「人外ファンタジー」
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