言いたかった、言わなくてはいけなかった。それでも僕は、言えなかった。








「・・・白蘭」
「ん、どうしたの?眠れないのかい?」

ガチャ、と開いた部屋のドア。僕の問いにこくりと頷いた彼女に、手招きをして膝の上に座らせる。ふざけて後ろからえいっ、と抱き締めれば彼女がうれしそうに笑うものだから、思わず僕まで笑ってしまった。彼女のまっしろな首に顔をうずめれば、なんだかとってもいい匂いがする。おかしいなぁ、同じ石鹸の筈なのにどうして君はこんなにやさしい香りがするんだろう。余韻に浸りながら僕はぽつりと呟く。

「そうだなぁ。じゃあ、あのお話をしてあげようか?」

そう聞くと、またこくこくと頷いて僕に背中を預ける彼女を今度はやさしく抱き締めながら僕はゆっくりと話始めた。
ある日、ひとりの『子』が生まれた。生まれたと言ってもそれは赤子などではなく、15〜16歳の立派な女の子。それは目の前の男に実に忠実であり、表情の変化は極めて乏しかった。男がなにかを言うまでそれは一言も話さなかったし、人としてのなにが欠けていた。何故?それは至極簡単なこと。彼女が人の手によって造られたロボットだから。男はそれに『ナマエ』という名前をつけた。名前を貰ったその日から、彼女は少しずつ少しずつ人間という存在に近付いていった。だけど彼女には大きな欠点があった。あるものが抜けていたのだ。男は絶望した、何故ならそれは男が彼女にいちばん求めていたもので、ロボットという機械人形の彼女にはいちばん難しいことだったから。それでも男は彼女から離れることを選ばなかった、男は彼女と一生共にすることを選んだのだ。さぁ、一体それは何故でしょう?
話してる最中、ただ黙って僕の目をじっと見つめて聞いていた腕の中の彼女はこの話がだいすきで、眠れない夜はこうして過ごすのが日課だ。僕自身この話自体は特に好きではないけれど、この時間は嫌いではなかった。・・正直どちらかと言うと好きだったりするけれど彼女には秘密だよ、照れちゃうからね。『ナマエチャン"』が。

「わたしの名前は、そのロボットさんからとったんだよね?」
「うん、そうだよ。イヤだった?」
「ううん、気に入ってる。わたしが白蘭からもらったはじめての贈り物だもの。わたしにはもったいないくらい」
「ふふ、そっかー。そう言われると嬉しいな。それにしてもほんとに君はこの話がすきだね?」
「うん、なんだかたくさん考えられさせることがあるから」
「・・そっかぁ」
「ね、白蘭」
「ん?」
「どうして男のひとは、ロボットのナマエさんを造ったのかな」
「・・うーん、どうしてだろうね?それは本人に聞かなきゃわからないなぁ。ナマエチャンはどう思う?」
「・・きっとその男のひとはさびしかったんだと思う。だからロボットのナマエさんを造ったんだと思うよ」
「・・じゃあ、ロボットさんに抜けていた欠点ってなんだと思う?」
「うーん・・それはわからないけど、欠点があったとしてもそのロボットさんは、きっと『しあわせ』だったと思う」
「どうして?」
「いっしょにいれるだけでよかったんだと思う。わたしはまだ恋だとか愛だとかよくわからないけど、白蘭といるとふわふわあってしてあったかくなるよ。なんていうのかな・・多分だけど、こういうことが『しあわせ』っていうのかもしれないよ。・・あ、それじゃあわたしもロボットさんと同じだね」
「んーどうだろうね?そのロボットさんが『しあわせ』というものを本当に理解出来ているのかわからないからね」
「それでもわたしは・・白蘭に拾われて、しあわ・・せ、だよ・・」
「ナマエチャン?」
「すぴー」
「あれれ。寝ちゃった」

僕に体をすべて預けるようにして、すぴすぴと寝息をたてて眠る彼女。

「・・しあわせ、ねぇ」

正直、びっくりした。まさか彼女の口からそんな言葉が出るなんて思わなかったから。まだ出会ったばかりの頃、この話をしても最初は興味なさそうにしていたのに今は人として成長したんだなぁと感じながら、僕はすこしだけ自嘲気味に笑う。

「・・すべて、君の話なんだけどね」

サラサラと指をすり抜ける綺麗な髪は、本当に生きてる人間のようで。いや、枝毛ひとつ無いこれは人間と言うにはすこし出来すぎている気がするけれど。それでもこんなものは欠点と呼ぶにはちいさすぎる。そう、彼女の欠点は・・・

「・・与えてあげれなくてごめんね」

あのお話の中でひとつ間違ったことがある。出来なかったわけじゃない。こわかった、こわかったんだ。愛を知ってしまったら彼女は他のなにかに愛を与えて自分を拒絶してしまうかもしれないと思ったから。自分以外のものなんて必要ない、そんな醜い感情から彼女は愛を失ってしまった。それでも自分だけを愛するようにしなかったのは、そんなものじゃ自分が虚しくなるだけだから。結局自分のエゴなんだ。あぁ、ほんとワガママなやつだよね、・・・僕は。

「よくわからないって言ったけど、当たり前だよ。だって君にはプログラミングされていないんだから。・・ナマエチャン」

だから君が恋だとか愛だとかが理解出来ないのは仕方ないことなんだよ。でもそれはナマエチャンのせいなんかじゃなくて、君を造った男がいけないのだから気にしないでいいんだよ。責めるなら、僕を。そう、ナマエという愛が抜け落ちたロボットを造ったのは他でもない、僕なのだから。


それでも物語は終わらない
(僕が君を壊すまで)
(あぁ、それじゃあ僕らは一生一緒だね)

20111004
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