風景

 「接触、そして接近」

 赤の他人が知り合いに変わる時点は、一体どこだろう。
 私がぽつりと呟いた言葉に、如月は窓から空を見上げたまま、真顔で答えた。至極当然と言わんばかりの一言はあまりにも私には強烈で、今までの愚かな自分を大いに殴り飛ばしたくなった。
「話しかけた時点だろ」
 かつてこれほどまでに衝撃を受けた事はなかったと思う。如月の分の布団を敷いてあげながら、私は溜息を吐いた。
「何で、こんな奴拾っちゃったんだろう」
 犬か猫、それか鼠でもいい。
 如月より、それらの方がもっと愛嬌があるはずだ。
 
 
 私は、『人ならざる者』が見える。
 妖怪しかり精霊しかり神様しかり。普通の人間に見えない、ようは化け物と紙一重な生物を見てしまう。言わば異常者、異端者だ。
 漫画やアニメでこんな異常者や異端者がよく題材にされているが、ぶっちゃけ私にとっては彼らが数百倍羨ましい。それだけ私と彼らは違う。
 霊が視える。妖怪が視える。神様が視える。どれか一つの選択肢に絞られているなら、こんなにも悩まずに済んだだろう。
 だから、私は人類の常識外かつ規格外。異常だから異常者。
「視えるだけで、魔法が使える訳でもないし……」
 私の家の庭――否、境内を歩く如月を見ながらぽつりと言ってみる。彼は時折、朱赤色の鳥居を見ては懐かしそうな顔をしている。
 一先ず、神社に入れるということは妖怪ではないらしい。そう思うと少しは安心だ。だが同時に、妖怪であれば如月が浄化されるところを私はこの目で見れたんだろう。それはそれで見物だったんじゃなかろうか。
 自分の黒い内面を夜風に晒していると、如月が私のいる縁側へ歩いてきた。
「でかい神社だな、ここ」
「まあ、ね。参拝者とかよく来るし。夏はお祭りやるから」
 ふうん、と言いながら如月は私の横に座る。彼と私以外誰もいない敷地内は、いつもよりしんみりしているようだった。
「お前、親は?」
 唐突に、如月は質問してくる。『人ならざる者』にしては、常識は持っているんだと半ば感心した。もっとも、私にとっても彼にとっても、その常識はあまり意味を成さない。
「いないよ。私が産まれて、三歳になった頃にどっか行った……らしいから」
 ちらりと彼の表情を伺えば、大した罪悪感や苦い感情も見えない。至って普通の真顔だった。何となく、私と如月は似ているみたいだ。
 常識を知っているけれど、それに何も感じないところが。特に。
「んじゃ、お前は淋しいか?」
 淋しいなんてあるわけがない。首を横に振って否定すれば、如月は「そうか」と苦笑した。彼にはどうやら、この神社の中に満ちている豊富な精霊達が可視できるらしい。
「お前はそういう人間なんだな」
「まあね……そういえば、如月って、何? 精霊なの?」
 如月は、一瞬表情を消して、私を見下ろした。
 後悔はないけど、しまったと思う。聞いてはいけない境界線を越えてしまった。
「なあ、神社って、神様がいるよな」
 如月が確認してきた。その言葉は私の問いかけを無視している。
 ほっとした顔のまま頷くと、如月は笑んだ。顔立ちが整っているせいか、その笑っている姿は文句なしに綺麗だ。
「本物の神様って奴を、見たことはあるか?」
 神。
 絶対的な、世界の頂点。
 何者にも覆せない、超える事のできない最高潮の壁。
 私はそれを視た事は、
「―――ある」
 たった一度きり。私がまだ幼くて、自分を普通の人間だと意識していた幼稚園の頃。私は神と出会った。丁度、如月が座っている位置で。
「そいつの名は?」
 如月は笑う。けれど言葉は、真剣そのものだ。
 私は名を口にしようと口を開けた。が、言葉を発することは何故か邪魔されてしまった。
「き、きゃああああああああああああああああああああああっ!」
 悲鳴のせいで。
 空気を震わせるほどの悲鳴は絶叫に近くなっている。思わず声のした方を見ると、鳥居の向こうに一人の少女を見つけた。くるくるとした茶金の髪に、白一色の私服。
「ひ、のえ!?」
 原井ひのえ。私の見慣れた親友が、尻餅をついて道の向こうを指差している。生憎、塀のおかげでその先を見ることはできない。それでも私は、裸足のまま境内を走った。
「おい待て!」
 静止の声がかかる。だけど私はそれに構わず走った。
 私は友達を見捨てたくない。彼女は普通の女の子だ。
 紛れもない、私と違う、人間だ。
 彼女に何かあっては、私が困る。
「ひのえ!!」
 大きく私が叫ぶと、ひのえが振り向いた。その彼女の真上に、巨大な髑髏が姿を現す。ぽっかりと空いた髑髏の両目の空洞に、息を呑んだ。
 脳裏に過ぎった言葉は、『人ならざる者』。種類は―――――妖怪。
「潤っ」
「潤!?」
 後ろと前で。名を呼ばれた。私の体は鳥居を越えていたらしい。気がついた時には、髑髏の大きく開いた口の中に滑り込みかけていた。
 危機を感じた頭は、以外にも冷静な物らしい。私はあっさりと目を瞑った。死への恐怖なんて、異常者には薄いものなのか。
 ああ、私は食べられて、ここで死ぬ?
 
 ―――――ガチンッ
 
 歯と歯のぶつかる音が聞こえる。同時に、歯軋りの音が脳に響いた。私はそろりと目を開けた。視界は目を開けたにも関わらず真っ黒――いや、真っ暗じゃない。
 紺だ。
 紺の色が視界を覆っている。


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