風景

 「桜の散る下で」

 神は人を創造する。人は神を想像する。
『ソウゾウ』に違いはあるが、それらは形を成り立たせ、生み出すという点だけはなんら変わりはしない。
 ならば人は神から生み出されたのか。神は人が生み出した存在なのか。

 ―――神と呼べる存在は、在るのか。
 
 おそらく、答えはきっと見つからないだろう。
 鶏が先か、卵が先かと問うようなものなのだ。
 だからこそ――私は……。


 気温は二十丁度、小春日和の晴天。
 これといって茹だるような暑さも、凍えるような寒さも感じない温度の『平均』を体現したような今日この日。
 セーラー服を靡かせ、私は学校の四階から桜を見下ろしていた。
 二月というまだ寒さが残るはずの季節で、桜は美しく咲き誇っている。雪の代わりだといわんばかりの花吹雪もまた見事だが、地面を埋め尽くす白には寒気を感じる。本当に雪みたいで、あり得ないほど純粋な世界の一角。
 ――そう。私は、ちゃんと違和感を覚えている。覚えているんだ。
「おか、しい」
 乾いた口の中で舌を動かしてみると、違和感は更に増幅していく。
 私は後ろを振り返った。昼休みだからと騒ぐクラスメイトや先生が目に入る。
 彼らは、窓の外を見ただろうか。
 見ても、気がつかないだろうか。
「――――――――どうして」
 何故見えない。誰一人、窓を見ないという訳じゃないだろうに。また、私にだけ視える物だというのか。そう考えると、自然と笑いが出てくる。まともな笑いとは程遠い歪んだ声だと自分でも思った。
 だが笑っている場合でもないかもしれない。
 私はそっと囁いた。
「木魂(こだま)=v
 窓枠の木から、枝が生えた。突き出るようにめきめきと板目を裂きながら現れたそれに、私はもう一度囁く。
「調べてきて」
 
 ――――ぽきんっ

 囁いた途端、枝が付け根から折れた。落ちた枝の部分は砂のようにさらさらと消えていく。了承の合図だ。

 私は暫く砂の流れる様を見送り、息をついた。
 ―――これは妄想でも幻でも、まして現実逃避の類でもない。異常なのは、眼下の桜よりも『私』だということ。
 ただ、それだけの事実。
「潤?」
 ふと、私は名を呼ばれたので意識を外から引っ張りだした。無意識に触れていた窓枠が、ざわりと揺れた気がしたが無視。
 振り返ると、学級委員長の私と同い年の女子生徒は不思議そうに首を傾げた。
「やっぱり潤だよね? どうしたの? 床をじーっと見ちゃってたよ?」
 無垢で純粋で、一点の穢れもないガラス玉のような目。漆黒に濡れた瞳と対照的な明るい茶金髪の髪はくるくるとカールしていて、愛らしい顔立ちは整いすぎている。
 できすぎた人形のような彼女に、思わず溜息が溢れ出た。
「ひのえ、か……」
 原井ひのえは、また不思議そうな顔をしてそれからくすりと笑う。中学二年生だというのにその表情はどこか幼い。
「なあに、その言い草は? 私じゃいけなかった? それとも黒くてカサカサ動く害虫でも居たの?」
 居たら潰してる。
 相変わらずな疑問系の話し方と害虫とやらにフル突っ込みしたいのを抑え、私は頭を振った。突っ込みより誤魔化しが優先だろう。
「何でもないの。考え事をしてただけ」
「あらそう?」
 誤魔化し誤魔化し誤魔化し。
 わざとらしく自嘲気味に言ってみると、ひのえは口元に手をあてて上品に笑い出した。
 彼女の小さな笑い声は愛らしく、鈴の音のように軽やかで。誤魔化した事へ罪悪感が芽生える。けれどやはり、誤魔化しが優先。
「何か用件があるの?」
 ひのえは何となくで人に話しかけるような子ではないし。そんな彼女に私が異常者だと気づかれてはならない。世の務めという奴だ。
 何よりも何よりも、私にとってはこれが全ての優先事項。
 ひのえはたっぷりと沈黙という時間をかけて―――ぽんっ、と手を軽く叩く。
「そうそう! 潤偉い!! 実は私潤に用事があったの!!」
 ……はっきり言おう。凄くわざとらしい。
 彼女は私の誤魔化しよりも遥かに、たまねぎの皮を剥いだようなわかりやすい言葉を選んで並べた。目は悪戯っぽくウインクしているしやたらテンションも高くなった。十中八九何かあると言わずして何と言う。
 身構えた姿勢で言葉の続きを待っていると、ひのえはテンションが高いまま私の肩を両手で掴んできた。
「今日の日直さあ、私、行けないんだよね?」
 つまり交代しろ。
 先ほどとは打って変わって上品さの欠片もない、脅迫じみた声音に乾いた笑いが出た。
 断ったら、恐ろしい気がした。が、
「ひのえ、ごめん。無理」
 無理なものは無理だ。今日は突然出現した桜を見に行かなくてはいけない。あれを片付けられるのは私しかいないだろうから。
 ひのえは暫く私の顔を見つめると、やがて残念そうに俯く。
「そっか……そうだよね、潤にも用事があるもんね」
 諦めてくれたかと、私は安堵する。例え友を裏切り酷い奴だと思われても。私にはやらなければならないことがある。これだから人生は嫌になるが、それでも異常者のとしての義務は放棄できない。
「あーあ。駅前のクレープ屋さん、新作が出たんだけどなあ」
 放棄できない。
「とっても美味しい和菓子専門店もできたらしいんだけどなあ」
 ―――――放棄、
「奢ろうと思ったのになあ」
「よし引き受けた」
 しよう。放棄しよう。

 所詮、人間の理性なんて、紙より薄いんだ。

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