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「如月君、正直に言わないと睦月さんに腕折られるよー?」
「その前に私が首を切り刻んでも」
「俺が昨日寝た部屋に放っておいた!!」
如月の告白に、睦月は颯爽と飛び出していく。
言葉を遮られた事を残念に思いながら、私もひのえと一緒に後に続く。廊下を歩いていると、そういえばここは自分の家だったんだ。とか、もう昼誓いのか、とか。自分の現状に今さら気づいた。
真昼だというのに、世界は嫌に冷えている。
――――スパンッ
廊下の奥、如月の部屋を睦月が開けた。蠢く何かがうねっているのが視界に入る。遠目に確認しても、私が与えた如月の部屋は、今とても悲惨な状況だった。
「いでっ、いでえでででででででででっ!!」
絡み付く巨大な枝は、ミシミシと音をたて畳を突き抜け、神崎の体に容赦なく巻きつく。枝や新芽の生え揃った箇所が当たるたび、神崎は悲鳴をあげていた。
睦月は困ったように眉を八文字にし、ひのえと如月は一斉に私を仰ぐ。何だか頭が痛くなってきたけど、私まで眉を八文字にする訳にもいかないらしい。
そっと、枝に囁く。
「木魂=v
時が止まったように、枝の動きが止まる。一枚の静止画じみた光景は、私に対しての異常な忠実さを現していた。
とぐろを巻いた蛇を連想しながら、私は続けた。
「止めてあげて」
ズズッ ズズズズッ
数箇所開いた畳の穴に、自動的に戻っていく木魂=B完全に穴に戻ってしまった時には、畳に草が生え、畳の穴は修繕されていた。本当にこの忠実さは軽く犬を超えている。
神埼が気絶寸前、一歩手前の状態で私を見上げた。恐怖の過ぎ去った瞳には、猛烈な疑問が漂っている。
「今の、何だよ……?」
「……きっと、嫌われてるの」
木魂≠ノ。
小さく付け加えて、背中に感じた好機の目に身震いする。
そうだ、ひのえが居た事を忘れていた。あまつひのえが、陰陽師の末裔だという事も忘れていた。
ふり向くと、彼女はやはり好奇心たっぷりの純粋な目で私を見ている。
「ねえねえ、今の木魂≠チて何? 潤ちゃんの戦力、前々から知ってたけど知りたいなー?」
「……ただのご神木の精霊だけど」
さり気なく戦力と呼ばれたということは、いつか何かと戦う時に借りるつもりなのだろうか。微妙な心境になりかけていると、睦月と神埼が「え」と声をあげた。
ひのえは微笑んだまま、素早く神崎の首を回し、気絶させる。
南無。
睦月は一瞬だけ視線をさ迷わせた後、僅かに口を開いた。
「まさか潤様は、精霊を使役しているのですか……?」
「さあ。使役というより、協力してくれてるだけだから」
彼ら精霊は、自然溢れる土地に住み着き、その土地の人々に僅かな加護を与える。精霊は神と違い、個人の好き嫌いによって加護の種類も量も変わるようだ。
文献によれば神の加護は万人に等しいというのに。
「きっと……私が偶々好かれやすいのと、土地の代表者っていうのもあって直接彼らが護ってくれてるだけだと思う」
良くも悪くも、自分の判断で私に寄ってくる。
のはいいが、意思があるせいで先ほどの神埼のように人を痛めつけたりもして――半ば迷惑だとは口が裂けても言えない。
「へぇ……だったら俺が護る必要ってあるのか?」
「精霊は聖域にしか出て来れない」
清らかな場所にしか、彼らは現れない。だからこの神社には精霊が溢れているのだ。それだけ都会化した日本で精霊が住める場所が限られすぎている。まあ一部の精霊は聖域じゃなくても、仲間がいる場所なら存在する事は可能らしいけど。だから学校に木霊を呼び出せたんだし。
心を読んだのか、思い出したように如月は顔をしかめて納得する。睦月は黙り込んだまま、私をじっと見ていた。
闇のような瞳は、底なしの優しい光を湛えている。
「何?」
問えば、彼女は黙って首を振った。
聞くなという事なのか。
「それよりさぁ、最近私、ずっと潤の家に来てるんだけど……? もう帰ってもいい?」
ひのえが恐る恐る手を挙げる。その様は何だか退屈しきった猫のようで。
睦月が快く「お宅までお送りします」と言ってくれなければ、ピコピコハンマーを投げるところだった。