風景

 「猫はかたる」

「――――て、訳でだ。俺と潤は手を組んで時神全員を探す事にしてんだよ」
「ははぁー、確かにそんな重役消えてたなら手伝わないといけなくなるね」
 ズズッ
 暢気に緑茶を飲みながら、ひのえは陽気に笑っている。シリアスになったと思ったらこれだから本当にひのえは分からない。
 これで陰陽師だと言われても普通の人は信じないだろう。私だったら信じない。
 睦月は不服そうに、私と如月を交互に見ていた。
「私は先に如月からその話を聞きましたが、潤様。大変ご迷惑をおかけしたと思います。申し訳ありません」
「いいよ別に。私たちは利害の一致の上で手を組んだから」
「ですが……巻き込んでしまったのは変わりません」
「だから、良いって」
 とゆうか、そんなに謝られても対処しようがない。申し訳ないとか言われても、逆に私の腹黒さが申し訳ない。
「じゃあ如月君。私は事件解決のついでに、神様の捜索を手伝った方がいい訳だね?」
「ああ。どうせお前にとっては一石二丁だろ」
「それはどうかな? 得をするかは微妙かも。まあ神崎君の家の現象は蛇が絡んでるから十中八九私と如月君達の共同戦線にはなる、よね?」
 蛇。その単語に、神崎家の前にあった大量の蛇の死体を思い出す。本当に、生々しい光景だった。しかも、鱗の色が白いが為に不吉な感じがして怖気が走る。
 先ほど、ひのえが言っていた。誰かが意図的に神崎家に邪神、もとい山神を置いたのだと。それなら事件はまだ解決していないことになる。
「ひのえ、蛇でも集団自殺ってするの?」
「蛇は集団行動なんてしないよ。自殺なんて以ての外。する必要がないじゃん。――ただ、する必要がないからと言ってしない可能性が無いとは言えないかもね?」
 私たちは、ひのえの言葉に頷く。ただ、どうしてその可能性に蛇が導かれたのか。そこが疑問だ。集団行動なんて、強いられなければまずしないだろうと思う。
「……もしかしたら、前兆かもしれませんね」
「前兆?」
「生命は皆、自分に害をなす者を何らかの形で感じ取る力があります。災厄を前に、魚が大量に打ち上げられたり。交通事故が多発するなどといった事例もありますよ」
 ……もしも前兆なら。蛇は何を察知していたのか。神崎家の家に起こる不幸? それこそ不可解すぎる。たかが人間のために死ぬなんて事はないはずだ。
 ……あれ、そもそもどうして蛇が死んでいた?
「なあ、睦月。蛇と言ったら心当たりは一つだけだろ……? これは明らかに前兆なんて甘っちょろいもんじゃねぇよ」
「?」
「死んでいたのは白蛇だぞ」
「……あ」
 睦月は何かに気がついた様子で、飲んでいた湯飲みを落としかけて、ひのえが慣れた手つきでそれを留めていた。
 そして、にやりとまた猫のように、親友は笑う。
「原井家の蔵書によれば。古くから白蛇は神の使いや水神そのものと信じられていた。あまりの珍しさに信仰の対象とされていたらしいよ。そして、雌の白蛇は竜神の娘神や姫神とも呼ばれた。または妃とかね」
「……じゃあ竜神って。……もしかして知り合い?」
 白い蛇は、神と呼ばれ。時神もまた神だ。繋がりがないとは言い切れないだろう。
 じっと視線をやると、如月は口を開いたり閉じたりして迷った。しかしひのえが湯飲みを如月の頭上に掲げたために、とうとう観念して喋りだした。
「知り合いではある。間接的に、な。直接会った事があるのは卯月――四月の時神――だけなんだが……竜神は天照大神(あまてらすおおみかみ)側の神だ。月読命側の俺達に良い思い出はねぇよ」
「天照大神!?」
 絶叫に近い声で、ひのえが叫ぶ。あまりの驚きぶりに私まで、先ほどの睦月のように湯飲みを落としかけてしまった。
「前にも聞いたけど、その月読命ってそんなに凄いの?」
「潤、巫女なのに日本神話を知ってないなんて……」
「ギリシャなら知ってる」
「意味ない!! あのね、月読命と天照大神は、姉妹なの!! 太陽は天照大神、月は月読命。それぞれ太陽神と月の神の仲が悪いおかげで、月は夜にしか、太陽は昼にしか出ないって言われてるんだから」

 ―――ああ。時神っていう神の一人だ。聞いたことぐらいあんだろ? 日本神話によく出る月読命(つくよみのみこと)っていう月の女神。そいつから生み出された神なんだよ

「……納得」
 親友の剣幕を落ち着かせながら、理解する。時神は月読命から生み出され、その下につき。一方竜神は、天照大神についている。つく、という概念がいまいち分からないけども。
 主が敵対すれば、おのずと下の者も敵対するものだというのは分かる。
「ですが、今回は山神を仕掛け、街に危害を加えています。お上の神々による敵対心だけでここまでするものでしょうか……」
「神崎家の事件に一枚噛んでるのが分かってるにせよ、この町で起こった事件全てが奴のせいかは、証拠がないからなんとも言えねぇな。第一あいつには人を襲う理由がねぇはずだ。天照はまだ起きていない。他の神が何か事を企てる可能性のほうが大だろう」
 引き結ばれた唇を、静かに噛み締める睦月。悔しげな表情に、自然と如月の表情も曇る。まさか他にも因縁があるのか。きゅっと眉を寄せて、私も真剣に考え始めた頃。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああっ」
 絶叫が聞こえた。
「……」
「…………」
「……………………デジャブ」
 音もなく襖を見、数秒後、ひのえがぽつりと呟いた。
 それは私の台詞だと、私も呟きそうになる。今思うと、ひのえのアレは渾身の演技だった。しわがれた髑髏の幻聴が耳を掠める。
 誰も、一歩も動かない部屋の中、第二の絶叫が響く。数秒おきには第三回目がありそうだ。そんな中、溜息をついた睦月の首が恐ろしい速度でぐるりと回った。
 途端に、如月も恐ろしい速度で襖に手をかけた。
 心なしか、如月の顔は青ざめている。
 心なしか、睦月は微笑んでいる。
「如月、こちらへ戻ってから、神崎さんをどこへと運んだのです?」
「ど、どこだろうな……」
「正直に仰りなさい。私も手荒な真似はしたくありません」
 ぎりぎりぎりぎり
 細い腕が、如月の腕を締めていく。
 ……もはやしてる、これは。


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