ワールドチューンアウト 黄色いカーテンが風で膨らんでオレンジを零したような夕焼けが音楽室へと入り込んだ。部屋には拙いリコーダーが響く。ぴいひょろり、力の抜けていくような音にラフィーナは白目を剥きそうな気分だった。 「なんど間違えれば気が済みますの!?」 「だ、だってー!」 「だってじゃないですわ!」 リコーダーのテストの前日、いつまでも上手く吹けないからどうか練習に付き合ってほしいと頼まれ仕方なく付いていった。今日は修行をするつもりだったというのに、夏休みの宿題然り、前日になった途端焦るのはやめろといつも言っているのに懲りない人である。 「まったく…そもそも楽譜をキチンと見ていないでしょう、先読みするつもりで進めていかなければ詰まってしまうのも当然でしょう」 「そんな器用なこと出来ないよ〜…指も確認してたら全然着いていけないし」 「まずそこを覚えない限りまず吹けませんわね」 低い音を出そうとしたのに上手く穴を塞げていなかったのか情けなく高い音が出て、再び辛辣に自分へ何故と問いたげな顔をしてアミティは肩を落とした。正直ここに座っていてもアドバイスのしようがない、見兼ねたラフィーナは椅子から立ち上がり近くにあった黒々と光る皮が張られたピアノの椅子へと移動し、腰を下ろした。つやつやと光るピアノの蓋は重い。上げるとワイン色をした布が被さっていた。黒と白で区切られた鍵盤を叩くと綺麗な音が部屋を通り抜けていく。アミティの視線がこちらへ伸びているのを感じた。 「あたしも弾きたいー…」 「あなたはさっさとそちらを練習しなさい」 「ずるいー!」 「うっさいですわ」 「ぶー…ラフィーナなんか弾けるの?」 「弾けませんわね」 「へ、変な所で正直だなあ…」 いざ広げた両手をかざしてみても頭に弾けるメロディが浮かんでこなくて、役目の無い左手をだらりと下へ落とした。右手の人差し指でぽーん、ぽーんとゆっくり奏でるのは小さい頃聞いた事がある童謡。それくらいだった。 「練習の妨害だー」 「やかましいですわ」 「あはははは」 楽しそうに笑いながらリコーダーを咥えて吹きだしたのはラフィーナが弾いた曲と同じ物だった。相変わらずぐだぐだな音程が拙いピアノに妙にマッチしている。 「楽しそうですね、お二人とも」 「うわっ」 「せ、先生」 突然背後から聞こえた柔らかい声に二人はびくりと肩を震わせた。アミティが椅子に座ったまま背をぐぐっと反るように後ろを見ると、ポポイを抱えて微笑むアコールが逆さまに映っていた。 「アミティさん、明日は楽しみにしていますね」 「うっ…なんだか胸が痛い…」 「先生安心してくださいな、アミティさんはばっちり吹けるようになっていますので」 「そうですか、それは…うふふ」 「期待大だニャ」 「ちょ、ちょっとラフィーナ余計なこと言わないでよ!」 にやりと目を煌めかせながら盛大にテストのハードルをあげるラフィーナの言葉に、アコールは怪しげに笑みを深くした。ポポイのだみ声が重たく聞こえる。 「寒いので無理はしないように、暗くなる前に…あら、もうなってしまいましたね」 「大丈夫ですよ先生!変な人がいたらあたしが倒しちゃいますから!」 「何を言ってまして?そんな出番なく私の鉄拳が炎をあげますわ、あなたは大人しく私に守られていればいいんですの」 「むむっ!言ったな!あたしだってそんな非力じゃないぞ!ラフィーナに『アミティさんあなたがいて助かりましたわ〜』って言わせてやるんだから!」 「なんですの?というか中途半端に人の真似をするのはおやめなさい!」 「あははは似てるでしょ!ぷよ勝負ですわ〜!」 「似てませんわ!」 二人して勢い良く椅子から立ち上がったと思ったら突然始まるぷよ勝負にアコールはため息をこぼした。微笑ましさの混ざった複雑なものだ。 「仲がいいのは素晴らしい事ですね」 「そうだニャ」 「しかし…」 「アミティのリコーダーは期待できそうにないニャ…」 ツキアカリが滲みとっぷりと日が暮れる頃にポポイの言葉が届くのだろうか。我に返るアミティを想像してそれもまあ彼女らしいとひそかに笑いながら、アコールは呪文飛び交う部屋を後にした。 sunx エッベルツ |