誰か←アミ←ラフィ←クル 物珍しさで僕はそれから目が離せなくなった、というのが一番適しているのかもしれない。少なくとも身近にいる人物の中では相当強い人間だと思っていた。力的な意味でももちろん精神的な意味でも、殴られたらひとたまりもなさそうだと冷や汗をかいたあの右手が力なく震えていてぎょっとした。まさかこいつが泣いている。 動揺で思考をシフトチェンジしようと必死に脳を働かせ思い付いたのは石で出来た階段は先日の雨で湿っていてそこに座っているラフィーナの服は濡れてしまうのではないかと、そんならしくもない馬鹿っぽいものだった。風によってあまりいい香りとは言い難い土の匂いが周りに広がっている。こいつの肩はこんなにも細かっただろうか。いつも見ているのに、今更そんなことを感じた。 「なんですの」 「っ」 「近寄らないでくださいません?私は今自分自身と闘っていますの」 「な、なんだよそれ」 一応心配をしてるんだ、いくらラフィーナだとはいえ。彼らしい小馬鹿にした態度が存分に現れた言葉が喉元まで這い上がってきたが、それが声となって外へ逃げ出すことはなかった。ラフィーナの透き通る蒼い瞳は涙に濡れていたがそれ以上に彼女が言った通り自分自身をひたすら睨みつけているような、そんな恐怖心すら抱く表情がクルークの思考を支配した。 「アミティさんが好きなんですの、私」 気まぐれな奴だ、近寄らないでと言ったくせに話しかけてくる。告げられた言葉は特に自分に思い当たる節はないというのにぎくりと全身が鳥肌が立ったようで、同時に心臓が張り裂けそうになるのを感じて、奇妙な感覚にクルークは目を丸くした。 何故それを僕に言うのか。 「アミティが好きってどういう意味?」 「そのままですわ」 「それが友情というものを指すなら僕は納得をするけれども…」 「そうだったらこんなにも悩んだりしませんわ」 「…悪いけれど、僕には理解できない」 「ええ当然ですわね、あなたは男性ですもの」 ふん、と嘲笑うように鼻を鳴らした。さっきまでぐすぐす泣いていたくせに。こんな彼女にやめておけという想いを素直に伝える事が出来たらどんなに楽か。そんなこと言ってしまえばそれこそきっと腕の拳が頬へと直撃するだろう。自分はペラペラ話すくせにこちらが下手な事を言うとすぐに機嫌を損ねる。上手く動かない口をもごもごとさせながらクルークは色の濃くなった部分をざりざりと石の地面を靴で引っ掻いた。 「僕は、君の事を理解出来たらいいなと、思ってた」 「…」 「だけど、駄目だ。僕にはわからない」 「ええ、そうだと言ったでしょう」 「だけど今一つだけわかったことがある」 「…?」 「君には何も届いてくれやしないということが」 たっぷり時間を掛けて口から出たのは彼らしいと言えばらしい、露骨に皮肉じみた言い方で、両手を上げ諦めたような動作をとる彼に眉をぴくりと動かしたラフィーナの表情は屈折して水に飛び込んだ光のように真っすぐに捻くれていて、やはりどう進もうが彼女にぶち当たる事は出来ないみたいだ。クルークはため息をついた。 「例えばの話だ、僕がアミティの事を好きだったらどうする?」 「…別に構いやしませんわ」 「諦めているんだろう」 「ええ、そうですわね」 「僕も似たようなものだ、諦めるしか方法がない」 「アミティさんならどうにでも想いを伝える事が出来るんじゃなくて?」 「そりゃあそうだ、だけど残念ながらアミティじゃない」 「…」 「まあ誰かは教えたって無駄さ、じゃあね、ラフィーナ」 重力に逆らえない紫陽花の花から雫が垂れていくのをクルークは見届け、その場を後にした。どうせ報われないのなら紛らわしい事の一つくらい告げてしまっても怒られやしないだろう。そのせいかそうでないかは知らないが何かしらを伝えようとしたのか尾を引くように背後から自分の名前が聞こえた。しかしそれは消え入りそうなほどに弱々しく結局二文字目でフェードアウトしてしまった。言うだけ言ってすっぱり諦められるものだと思っていたが内心存外期待をしてしまっていたみたいで、自分も彼女と大して変わらないようだ。自分を哀れようとも最早最も痛ましいのは誰なのかも解らず、失笑した。 sunx 名前がない |