願いなんて、ああ些細なことだったのに。


彼女の笑顔は俺の全てを奪って行くかのような錯覚を覚えさせた。初めは良かった、彼女と一緒に入れればそれでよかったから、だけど。気付いてしまったのだ、彼女のことを愛する人間は自分だけではないという事に。彼女と話す、彼女が見る、彼女が聞く、全ての物に対して所謂嫉妬という感情が芽生えているという事に。それからは、苦しい。まるで深海に沈められているような、重さと苦しさ。涙が止まらない。

「ゆきむら、さん」

お願いだから、そんな声で俺を呼ばないで。お願いだから、そんな目をして俺を見ないで。不安そうに眉を潜めないで、いつもみたいに笑ってよ。悲しそうな顔をしないでよ。

(お前が、そんな顔をさせているのだろう?)
わかっているよ黙っていてくれ!

彼女はみんな愛しているんだ、俺とは違う。俺は君さえいてくれればいいのに。彼女は首を横に振るんだ。やめて、やめて、俺だけを必要としてよ。ねぇ。俺だけに笑いかけてよ。ああいっそ君の笑顔を失くしてしまおうか、君の喜びを奪ってしまおうか、君の怒りを奪ってしまおうか、君の哀しみを奪ってしまおうか、君の楽しさを消してしまおうか。君の目を俺の手で塞いでしまおうか、君の口を俺の口で塞いでしまおうか、君の吐く息は俺にとっての酸素だけど、もしかしたら他の誰かに汚されてしまうかもしれない、だからいっそ君の息を止めてしまおうか。あれ?悲しそうな顔をしないでよと言ったはずなのに、どうして彼女を苦しめることばかり考えているのだろう。ああ、何をやっているのだろう。ねえ、桜乃。



「君さえいてくれれば良かった筈なのに、」
さらば恋人たちよ



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