U-17合宿、ひたすら強い奴らと戦う事が出来るこの場所。先輩に情けを懸けられ残ったこの場所。腑に落ちない想いはあったが、設備も待遇も素晴らしい物で、試合を交える度に確実に感じる手応えは切原赤也の心を満たしていた。しかしただ一つ満足できない所がある。それは彼の想い人である一人の少女、竜崎桜乃に会う事が出来ないという何とも幼稚な不満であった。本日の練習を終え、着替えを進めていた切原は募る彼女へ思いの丈を吐き出す事が出来ない苛立ちを、あーあという言葉に変えて吐きだした。

「ため息とは、珍しいですね」
「柳生先輩」

きらりと光る眼鏡を押し上げながら、らしくもない後輩のため息に柳生は心配気に声を掛ける。恐らく竜崎さんの事であろう、その予想がまさしく図星で、ぺらぺらとショットガンのように桜乃に出会えない事の不満をぶちまける切原に"彼女に会いたいのは自分も同じだ、貴方だけではない"そう言ってやろうか。柳生は全くこちらがため息をつきたい気分だと頭を抱えた。

「まず女っ気がなさすぎるんすよここ。竜崎がマネージャーでいてくれたらなー」
「そんな無茶な事を…」
「とか言いつつ柳生先輩だってそうだったら嬉しいでしょ?」
「…」

図星を突かれた。ごほんと咳払いをして話題を変えようとすると、背後から呼びかけられる。日本語ではないその言葉。この合宿に参加している物で英語を使う者はただ一人。二人はそちらへと振り返った。

「なんだよウザウザー」
「…」
「切原君、クラウザー君ですよ。人の名前を間違えるのは尊敬しませんね」

同じ釜の飯を食っている仲間だと言われてもお互い何時ぞやに随分と痛い目に合わされた相手だ。ぶすっと気に食わない顔をした切原に、失礼極まりない間違い方で名前を呼ばれた一年。リリアデント・クラウザーは怪訝そうな目を彼へ向けた。バチバチと火花が散る視線、柳生はやれやれと肩を落とした。

「どうしました?」
「今、リュウザキって言った?」
「ええ、そうですね」
「サクノの事?」
「!ご存知なのですか?」

「…二人で盛り上がってんじゃねーっすよ!先輩日本語!」
「君はもう少し勉強したまえ…」

駄々をこねる子供のように喚く後輩に、どうにも情けなさを感じた。真田君が此処にいたら叱られているところでしょう。自分はそういう役回りではない為その一言で終わらせるが、後で幸村にでも伝えておくか、それくらいは構わないだろう。しかし今はそれどころではない、目の前にいる彼が何故桜乃の事を知っているのか、今はその事で頭が一杯であった。

「何故彼女の事を?」
「前に一度会ったんだ。腕を怪我していたんだけど手当てをしてくれた」
「成る程、そうでしたか…」

その時の事を思い出したように腕を眺める、いつもの冷徹そうな眼差しを緩め嬉しそうにそう言うクラウザーの様子に、柳生は思わず参りましたねと呟かずにはいられなかった。日本語で放たれたそれの意味を理解できなかったクラウザーは頭にハテナを浮かべていた。そして自分の真横で、会話が理解できないせいで同じように頭上にハテナを浮かべ、今にも鼻水を垂らしそうな間抜け面をしている切原には最早どうしようもないなという感情しか生まれてこない。

「彼女ほど美しいと思った女の子は初めて見たよ」
「…そうですね」

正直それに関しては同意せざるを得ない。

「ねー先輩!コイツなんて言ってんすか!?教えてくださいよ!」
「…簡潔に言えば、彼もまた竜崎さんの事を想っている人物の一人という事ですよ」
「は!?え!?なんスかそれなんでコイツが!?」
「知りたければ自分で聞きたまえ…」

そう言った途端クラウザーの肩を掴みぐわんぐわんと振り回しながらなんでだよ!?なあどうして!?と叫ぶ。あまりの突然のそれに小さくkill youと呟いたのを柳生は聞き逃さなかった。意味を知らない切原はある意味幸せなのかもしれない。捻くれた輩が多すぎる。帰っていった他のメンバーに先を越されてしまったら。考えるだけで悪寒が走った。しかも目の前の彼は自分たちが彼女へ好意を持っているという事を知らない。あまりに厄介すぎる。

「例え君でも、彼女に手を出す事は許されない」
「!」

釘を刺しておいた方がいいだろう。反射するレンズから微かに瞳を覗かせてそう言った。テニスをしている時より遥かに恐ろしい選手たちを見たくなければそうするべきだ。まあ自分達がそうであるように、こんな言葉如きで黙るような人物ではないということわかってはいたが。ああ竜崎さん、なぜ貴女は一人しか存在しないのですか。考えずにはいられないそんな想いと、ともに再び吐き出されたため息はやかましい後輩の声によって掻き消されていった。
少女XYZ



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