憎き先輩達への怒りが爆発しそうで右手に握られたコンビニのビニール袋を振り回した。中身は大量のアイスクリーム。太股の辺りに袋がぶつかり、ひやりとした感覚が走る。全部自分で食べてしまえたら良かったが、今はそれも叶わない。

今日はレギュラーだけでの練習だった。昨晩の熱帯夜っぷりにただでさえ苛立っていたのに、次の日もこれだ。その暑さに練習なんて出来ねえと駄々を捏ねていたら、真田副部長に殴られた。暑さに負けているようではテニスには勝てぬぞ!とかなんとか言っていたがそれなら別に負けてもいい、今は。日陰で「あ゛ー」なんて呻き声を上げながらうちわを扇いでいた幸村部長は、突然立ち上がりアイスが食べたい!と叫んだ。正直俺より問題あるのではないか。副部長はまずこちらを叱るべきなのではないか。
「誰かアイス買ってきてよ」
「俺も俺もー!アイス食わなきゃマジ死ぬ…ジャッカル買ってこいよ!」
「俺かよ!ジャンケンで決めればいいだろ」
ぐったりとコンクリートで造られた地面に倒れながらそう言う部長の周りに先輩達が集まっていく。丸井先輩が飛び跳ねる勢いで喰い付いた。いつもの決め台詞にジャッカル先輩が突っ込んでいる。アイスは喰いたかったが、パシリだけは勘弁である。できれば参加を御免蒙りたい所だが、部長の逃れられぬ視線が痛々しかった。渋々手を出すと見事に全員に負けてしまった。という。

「くそ」

赤信号の待ち時間が嫌に長く感じる。吹く風は果てしなく生ぬるい。橙や黄に点滅する車のランプが陽炎でぼやけて霞んでいるようにすら見えた。怒りを吐き出す場所が見つからず、触ると火傷しそうなアスファルトを何度も蹴り飛ばした。いつまでも変わらないと思っていた信号は押しボタン式で思わず目が点になって、追い打ちをかける不幸に耐えきれずこの野郎!と叫ぶ。家と家の間を反響していく自分の声が少しずつ小さなものになっていくと、それに反するように虚しさが込み上げてきて肩を落とす。その場へ立ちすくんでいると、遠くから切原さん!と自分を呼ぶ声が聞こえた。それはどう考えても竜崎桜乃のもので、ついに幻聴まで…と自分の頭を擦りながら一応後ろへ振り向く。どうやら幻聴ではなかったようだ。彼女のトレードマークでもある三つ編みは今日は後ろで一つに纏められていた。

「こんにちは」
「お、おう。こんな時間にどうしたんだよ」
「今日でテストが終わったんです」
「あーなるほど…」
「切原さんは今から部活ですか?」
「あ、いや…今はパシリ中」
「え?」

やるせない声で返事をする。袋の中身を彼女に見せると、"わあ"と美味しそうだという感情を込めたそれと、買い出しに行かされている事に対しての憐みの思い両方を持ち合わせた複雑な声を漏らした。

「もう溶けかけなんだよなあ…」
「じゃあ、急がないと」
「もう食っちまおうかな」
「えっ」
「ホラ、お前も」

水滴でべたついた青色の袋を桜乃へと手渡す。でもこれは皆さんの物じゃと遠慮する彼女の手に無理やり握らせた。もうどうせ学校に着くころには原型が無くなってしまうだろうし、それならこいつと食べながら歩いたほうがよっぽどマシだ。

「その代わり一緒に学校来てくれよ、部長たちに説明しなきゃいけないし」
「で、でも私私服だし…」
「いいんだよ、そんなこと気にするような人たちじゃねえし。むしろアンタが来てくれる方が部活にやる気出すだろ」
「は、はあ…、そうですか?」

おう、と頷いて自分の分のアイスの封を開ける。噛り付くと冷たさで歯が痺れたが、とろけた脳が少し活力を取り戻したような気がした。纏わり付く湿った空気も悪い気はしない、この最悪とも呼べる日も彼女に出会えたなら別である。俺が買い出しに出かけなきゃ恐らく彼女には出会えなかったし!先輩達に思い切りそう言ってやろう。ニヤリと笑うと、勿忘草色に染まった空とそこに浮かぶ白い雲がやたらと綺麗だと思った。
サマーフォーゲット



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