ジリジリ。それはアスファルトが焼ける音か蝉が鳴く声か、どちらか分からなくなっていた。それほど自分はこの暑さにやられてしまっていたのだろうか。柳生は瞬きをして、静かに目を開く。俯いている視界に映るのは、先程から脳裏をちらつくアスファルトと、白い脚。そして制服のスカート。自分の腕がとある少女を閉じ込める様に、ボコボコとした感触が限りなく不快な、白く塗装された壁へと押し付けられていた。自分は一体何を、考えるより先に身体が動いていた。逃げる様に後ろへ後ずさる。

「竜崎さん…」

動揺から発された声は、自分の物とは思えないほどに掠れて聞き苦しいものになっていた。ドクンドクンと耳に届く鼓動が止まらない。とても暑さから噴き出たとは思えない汗が蟀谷を伝った。一分前の自分は一体何をしでかしたんだ。分かってはいるが、気付いてしまいたくない。自分の思考だというのに自分の防衛本能が邪魔をする。しかし目の前に立ち尽くす少女が口元へ手を持って行き、酷く困惑した表情を浮かべた時、蛇口の水を捻ったかのように足が震えた。ああ、なんということだ。好かれている確証すら得ていない相手に、キスをしてしまったのか。思いとは裏腹に、言葉にすると馬鹿らしいその響きは、柳生の思考を突き刺した。

嗚呼自分で自分を殺してしまいたい気分だ。耐えきれず逃げ出すなんて。いつもならなんてことない距離しか走っていないというのに、何故こんなにも息が切れるのか。ぜえぜえと止まらないその呼吸に苛立ちが募る。

木陰に寄り添いながら思い出す。誰よりも彼女を大切に出来るのはこの自分だ。いつもそんな事を思っていた。それなのにこの行動は一体何だ。彼女に振り向いて欲しかったのか?それならばまずすべき事があっただろう。このような失態を犯す者に、彼女を愛す資格など無い。靄が掛かる思考の中、そんな声が聞こえた。

「柳生さん!」
「っ」

靴によって地面が擦れる音と共に、焦りに塗れた桜乃の声が届く。びくりと肩を震わせた。留まって話を聞きたいというのに、前頭葉は言う事を聞かずまた逃げだしそうになる足。私はこんなにも無様な人間だったか。

「どうして逃げるんですか…?」
「…」
「私に、き、キスしたから…?」
「…すみません」
「私の気持ちも聞かないで、話を進めないでください…」

次に彼女が何を言うかなど、容易に想像できた。少なくとも自分はこうなることを期待していたのだ。予測の範疇だった。"私は柳生さんが好きなんです"その言葉は埋もれてしまう。自分の腕の中で。"貴女の事が好きなんです"何を仕出かすかわからない爆弾のような自分は、ただそれだけしか言う事が出来ない。だけど今だけは、許されたい。後ろめたさは飲み込んでしまった。そうだ、私は彼女を愛している。ただそれだけだ。
ミスタースティグマ





 
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