mischief of wind



その日は涼しい風が髪を揺らす心地のいい日だった。絶好のピクニック日和。バスに揺られ辿り着いた大きな高原。瑞々しく伸びる草木の緑が目に優しかった。アミティは大きく伸びをしながら終わりなく続くような草原に腰を下ろす。後ろに倒れる、帽子にも髪にも服にも土が付いたが気にならなかった。風の匂いを感じながら目をつぶる。うっかり眠りに入ってしまいそうになるが流石にそれは置いていかれたりしてしまうかもしれないからやめておこう。ぱちりと目を開くとうっすら影にになっていて、視界に入るのはクラスメイトの跳ねた青い髪と二色の瞳。シグが覗き込んでいた。

「びっくりした!」
「なんで?」
「いきなりいたら驚くよ!」
「ごめん」

いつものようにまったりとした口調で大して悪びれる様子もなくシグは言う。驚いて足を放っぽり出した状態のままのアミティの横に、静かに体育座りでしゃがみこんだ。ぽつぽつと無言が続くなかちらりと横を見ると、シグの視線は集まった木達が曲がり小さく見える程度に遠い林の辺りを向いていた。

「ムシ、今日は取りに行かないの?」
「いきたいけど、いかない」
「なんで?」
「なんでだろう」

肘を膝にのせて顎を支えた状態でアミティが尋ねてみると、シグの視線はそちらから動かないまま相変わらずの生ぬるい返事が返ってくる。彼の様子には慣れたものだが、今日はせっかくの絶賛の虫取り日ではないかと、いつもは見られない虫が見られるかもしれない。てっきり喜んで一人行ってしまうものかと思っていたから、驚いた。

「だって僕が帰ってきて、アミティが他の人と楽しそうに話したりしてたら、嫌だから」
「え」

いたって平坦な声で言ってくれるが、思わず頭がぐらりと動揺にて揺らぐのを感じた。今のはどういう意味だろう。嫌でも思い当たる自意識過剰な予測の数々に、頭を横に振りたくなる。まさか、そんなわけ。

「そうだよ」
「へっ?」

え、なんで聞こえてるの。そんなバカな。先ほどまでそっぽを向いていた目がこちらにまっすぐ向いていて、どう思い返しても心の中でのつぶやきだったのに、まるで全部声に出てたみたいに思えてくる。

「アミティが好きだから、嫌なんだ」
「…」

心臓を撃ち抜かれる感覚というのはこういうことを指すのだろうか。流れに乗ってやってきたそのとんでもない一言が、赤青の透き通った目と共に肌にやわらかく傷を残すみたいにゆっくりと頭の中へと染み込んでくる。

「やっぱりムシ、行く。アミティも一緒に行こう」
「えっあっ」

シグの大きくて赤い左手がアミティの腕を掴んで、ぐいっと立ち上がらせる。先程の言葉の返事など興味ないかのようにシグは林へと駆けていく。残されたアミティは全身のざわめきをどうすることも出来ずしばらく呆然と立ち尽くして、胸に手を当てる。ドッドッドッといつもより何倍も速く脈を打つ心臓が気になって仕方ない。だけどこんなずっと気にして座っていたらもうピクニックが台無しになってしまう。きっと何も考えずに言ったんだろうなあ、こんな惑わされてしまうなんて。きっとこんなにも天気がいいからだ。全部風のいたずらだ。あまりに無責任な少年に泣きたい気持ちをあまりに心地良すぎた天気へとぶつけながら、アミティは踏まれて潰れた草の跡を頼りにもう見えなくなった彼の姿を追うのだった。


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