ブランク・ロジック なんだかイライラしている。 本を読みながらクルークは目の前の席へと座る少女の様子を伺って、一人そんな事を思った。いつでも怒りっぽい人間であることには違いないが、今日はいつに増しても酷い。ひょっとして女性特有の、なんて考えに辿り着いたがそんな事口にしたら自分のアバラは粉々に砕け、まともに生涯を全うする事も許されなくなるだろう。 「何を見てますの」 ぎくぎくと我ながらオーバーな反応が全身から飛び出した。考えていた事も考えていた事なので、仕方がない。それにしてもそんなチラチラ見つめているつもりなどなかったのに、しかも後ろからだぞ。背後に目でもあるのか。椅子から足が飛びだし、こちらを向いたラフィーナの青い目と視線がぶつかった。ギリと何かを裂かれるように痛々しいそれと、ひそめた眉と共に寄った眉間のしわはラフィーナの現在の不快指数を自分へと伝えるものには十分すぎる代物だった。 「き、今日は、機嫌が悪いようだね」 うっかり口から出た言葉はあまりにそのままの形で、もう少しオブラートに包まって出てきてくれと焦る自分の思考回路にやるせない涙を流した。あ、いや、そんな風に誤魔化そうにも彼女の表情が明るくなるはずもなかった。教室は騒がしいはずなのに、自分の周りだけやたら静まり返った空気に焦りが止まらない。 「今日は、髪がまとまりませんでしたの」 「はい?」 「雨の日は嫌いですわ」 はぁーと長いため息をついてラフィーナは窓の外を眺めた。確かに今日は朝から止まない雨がずっと降り続いていた。"その程度でそんなに機嫌が悪くなるものなのかい?" これは自分への苛立ちではない、そう気付いたクルークは少し安心した声でそう尋ねた。返ってきた声は"その程度?"ドスが効いていた。アァン?なんて下から見上げられるように言われた気がした、幻聴だった。 「あまりふざけた事を抜かすのはやめてくださいません?」 「…ひ」 「女性の身支度を舐めるんじゃないですわよ、クソ大変ですの、貴方如きのメガネボウズには一生分からないでしょうが」 「ごめんなさい…」 メガネボウズ、そんな事を言われたのは初めてだった。この女に坊主呼ばわり、それはそれは屈辱的だった。しかし反論など出来るはずがなかった。 (怖すぎる。何だこの女は、下手したらビビって泣くぞ。むしろ泣きそうだぞ。) 「僕は…君の髪、いいと思うけどな…ピンクで」 「…」 あまりの恐ろしさにぽろっと零れ落ちた言葉は歯が浮くようななんともクサい台詞だった。何を言っているんだ自分は。ピンクでってなんだピンクでって、ピンクで何がいいんだ。ああまた睨まれる。逸らした目をそのまま閉じてしまいたかったが、まただんまりを始めたラフィーナに不安感は止まらず、眩しさの中必死に目を凝らすかのようにそぉと薄目を開いた。 「…え」 「…あ」 心臓の辺りに嵐が吹き荒れた。ドーンと脳内でビックバンが起きた。全て例えだが。今の自分ではこの程度の笑ってしまうほどちゃちな例えしか出来なかった。口をポカンと開けて、丸くなった目と段々赤く染まっていく頬を見た。 (なんだ今の…まさか…照れたのか、あの言葉で?) 正直自分で引いてしまったというのに、こんなものがいいのか? 「馬鹿な事言ってるんじゃないわよ!」 「うぶふっ」 考えの途中に彼女の肩がわなわなと震えだしたと思ったら、掴み投げた筆箱がクルークの顔面へとヒットした。クリティカルだった。鼻下に生温かい血液が伝うのを感じ、ぐらりと世界ごと傾くような大きな目眩がした。 (わけがわからない…) 一つ一つの行動が謎すぎる。もう構ってられるか。クルークの脳内で女性というカテゴリーが更に難解となった瞬間であった。 |