うたかたの部屋



彼は自分が思っているより遥かに遠く、あまりに見えない所に想いを隠しきっていたのか。月が滲み雲に隠れる日の事、少女はそんな事を悟った。

自分にとって彼にとって、とてもとても大切な人が去ってしまったのはいつの事だっただろう。何日だったかと聞かれれば答えられないような、物事とは重要なものほど案外あっさり忘れてしまうものだ。ひょっとすると自分にとってその程度のものだったのかもしれない、そうではないと思いたいが。その日はあまりに息苦しく、湿度の高い日だった。纏わり付く気温、ただそれに自分が宛てもない不安を感じたその日、足を運ぶのは自分の不安を全て受け入れてくれるあまりに大きな少年の住む家だった。月夜を駆けていく途中、どこからか聞こえてくるアコーディオンの三拍子の旋律があまりに悲しい音色だった事が忘れられない。

目の前に扉、ノックしても返事はない、当然だ。時間を考えれば常識を疑われる。それでも耐えられないのだと、このまま背後には不安しかないのだと、来た道を戻る事も出来ないまま強く扉を叩く。おかしいと思ったらのはその時だった。普段だったら目を擦りながらも自分を受け入れてくれるはずの少年は一向に顔を出さない。心臓が強く脈打ち気持ち悪かった。ノブに手を掛けると開いてしまった。躊躇しながらも家へ忍び込むとやけに静かで外と一切変わらない息苦しさ。台所から繋がる部屋へと、焦りで上手く脱げなかった靴を気にしながら。カーテンが夜風で膨らんだ。月夜でベッドが青く染まっていた。違和感を感じさせるように黒く張り付くのは血の跡、彼の腕中から零れ落ちた血液の黒。

声が出ない。しかしそれは驚愕と呼ぶにはあまりに容易い、私は分かっていたではないか。自分自身よりまず先に私を優先して、哀しくなる程に優しく抱き締めるこの腕は受け入れるキャパシティなどとっくに超えてしまっていたのだ。もう塞がりかけた傷跡がまるで表情を作っているかのようで、自分を睨みつけた。

「優しくしないで」

医療の光は安定しない。彼が目覚めないように静かに巻いた包帯は部屋一面に広がる青さに混ざる。ぐちゃぐちゃになってしまった。自惚れにしても度が過ぎる。聴こえてきたアコーディオンの音はやはりあまりに悲しい。少女は泣いた。


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