ライト・ランブル



クルーク、一緒に読んでもいい?
図書室のシンとした空気に合わせてひそひそと聞こえた声の主はアミティだった。両腕で掴みながら見せてくる本は自分がとうの昔に読了した物であり、内容は大して面白くもなかったという事を記憶している。少なくとも読書に縁などないであろうアミティがこのような行動に移るということ自体が不穏で、出来れば御免蒙りたい。そもそも集中できなくなるから、一人がいい。そう言っても聞き入れる耳など持ち合わせていないようだ。読んでもいい?などと可愛らしくもないクエスチョンマークを語尾に付けて彼女は言うが初めから断る選択肢無しということならいっそのこと「あたし此処で読むから」とぶっきらぼうに本を投げ捨て椅子に乱暴に腰掛けられる方がまだマシだ。

「いい?」
「…好きにすればいい」
「やったー!ありがとうクルーク!」
「静かにしろ!」

両腕を上げて大げさに喜びを表す彼女に思わず自分まで声が大きくなってしまった。ギリギリと刺されるような周りの視線が痛い。その注意によってアミティはごめんとは言ったものの、アハハと苦笑し、しかしその顔は嬉しそうで、反省を知らないのかと僕は思った。読むなら静かに呼んでくれ、ぼそぼそと耳打ちでそう言うと、わかってるよと親指を立ててみせた。期待はしなかったが、しばらく経って割と静けさが漂い僕もそこまで妨害を喰らうことなく読書を進められている事に気がついた。まあ言うほどではなかったかな、とたまには内心褒めるくらいはしてやろうと思ったその時、アミティの腹の虫が盛大に空気を揺らした。揺れた空気と共に変わった沈黙は先程のような落ち着く物ではなく、何故静かな空間というものはこういう音色が響き渡るのだろう。というかそもそも何故僕まで睨みつけられているのか、泣きたい気分だった。

「もういいや…」
「えっあっクルーク!」

部屋の空気に耐えられなくなった僕は椅子から立ち上がった。
床を擦るギギギという不快な音すら申し訳ない気持ちが漂うので早急に本を棚へ返し部屋から出る。出来ることならば今のうちに読み切ってしまいたかったのに、今度は借りて別の所で読もう。そんな事を思って廊下を歩んでいたら後ろからバタバタと音を立ててアミティが着いてくるのがわかった。

「クルーク…ごめ…読書の邪魔しちゃって」

珍しく眉を八の字にしながら沈んだ声で途切れ途切れに謝罪する姿に僕は上手く返事が出来ず、そっぽを向いた。僕のその様子に再びショックを受けたのか、ガーンとタライでも落ちたような表情をして、また八の字眉に戻る。へこみ具合が倍増したようだ。

「うう」
「…君がそうめそめそしていると!調子が狂う!から…」
「…から?」
「何か、食べに行こう」

な、なんだそれは。と自分の知性が悲鳴を上げるのを感じた。豊富な語彙と知識を駆使した結果がそれか、と自分で自分が果てしないほどに情けなくなる。これしか思いつかなかったのだ、アミティのへこんだ顔など見たくないと、そう気付いた時にハッとした。まさかそういうことなのか、いやいやそういうことってどういうことだ。誤魔化しを続けてもその感情が頬を掴んで無理矢理見せようとする。踏ん張っても意味を成さないその威力に僕はひれ伏すしかなかったらしい。

「別に、君が一緒に本を読んでいても、僕は嫌だとは思わない、さ」
「…それって、嫌じゃなかったってこと?」
「君は、お腹がすいたんだろ?じゃあ、何か食べに行こう」

ロボットみたいな喋り方で、区切れてはいるが、喋り出した口は止まる事を知らない。暴走でもしているみたいで、冷や汗が出てきた。僕はどうしてこんな事を言っているのか。恥ずかしすぎる、逃げ出したい。

「うん!行こうクルーク!」

しかし僕の考えなど気にする事もなく、あっという間にいつものテンションに元通りしたアミティの顔に、少しだけ安心して。しかし恋愛とか所謂そういう事を示すことなく差し出された右手を掴むか掴まないかで、悩みは尽きないと、僕は焦りを隠すように眼鏡を押し上げることしか出来なかった。


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