ユーサネイジアを望む



――俺が駆けつけた時、もう既にクロームの息は無かった。

骸はその血まみれの彼女の前でぴくりとも動かずただ目を見開いている。
人に事情を訊くと彼の目の前で彼女へと居眠り運転をしていたトラックが猛スピードで突っ込んできて轢き飛ばされたらしい。
その運転手もまた、急ブレーキをかけた際に車体が横転して、その時の衝撃で頭部を強打し、亡くなったという。


――即死だった。

その事実につい顔の全筋肉が引きつるのを感じた。


(…嘘、だろ?)


クロームは骸が唯一愛した女(ひと)だった。
それはもう、毎日俺の執務室に押し掛けてはクロームが如何に魅力的かの惚気話ばかり聞かされる程に。
延々と続くその話の所為で、アイツから任務の報告書を奪うどころではなかった。

その彼女が死んだのだ。
それも本人の目の前で。
それがどれだけのショックを彼に与えたか、俺には量りしれない。正(まさ)しく『絶望』。
いや、そもそも言葉で表現できるものではないだろう。

彼に視線を移す。
骸は死体となった最愛の女を見下ろすように立っていた。
俺に背を向けている為、表情まではよく分からない。
彼の視線の先のクロームはかなりの速度で轢き飛ばされただけあり無惨なもので、俺でも目を背(そむ)けたくなるような状態だった。


「…骸」


震える声で彼の名を呼ぶ。
見るな。
もう彼女を見るな。
そんな姿を記憶にやきつけるな。
しかし骸は立ちすくんだままぴくりとも動かない。
彼の陶磁器の様に白い肌が、今日は生気を無くしたように、より青白く俺の目に映った。

不意に骸がクロームの傍らにペタンと座り込む。


「骸…?」


声を掛けるがやはり反応は無く、ただ茫然と目の前の惨状に視線を落としているだけだ。


「クローム、」


ふと、骸が目の前の女の名を呼び、手を伸ばし彼女の頬に触れた。彼女の血が彼の掌にべたりと付いた。
そんなことも厭わず、骸はクロームの顔にかかった髪を左右にやりながら話かける。


「クローム?」


無反応な彼女に、さも不思議そうに首を傾げ、


「ねぇクローム、返事して下さいよ。ねぇ」


呼びかけるが当然の如く返事は返って来ない。
返ってなど、来る訳がない。
それなのに骸は、


「クローム、ほら帰りましょう?地面の上でいつまでも寝ていては風邪を引きますよ。ほら、目を開けて下さい」


俺は泣き出しそうになって、遂に死んだクロームに話しかけ続ける骸の肩を掴んだ。


「もう止めろよ骸…彼女は死んだんだ。もう、帰って来ない!!」


そこで漸く、骸は俺の方へゆっくりと顔を向けた。
――その時の彼の目は多分一生忘れられないだろう。
いつもは緋色と蒼色の綺麗なオッドアイは暗く陰り何も映していない。
ただ虚ろに開いているだけの目蓋。
彼を知る人が見たら必然的に言葉を失くす程、彼は酷く生気を失っていた。


するとふいに彼の口が魚の様にぱくぱくと何かを言いたげに動く。

「…"かえってくる"って、いったんですよ」

「むく…」

「"ちゃんとかえってくる"って、いったのに」


たどたどしい擦れた声で、彼は確かにそう呟いた。
それから、山本と獄寺君が駆け付ける数分間、ずっと俺にしがみついて俯いていた。
泣き声も上げず、涙も流さず、ただオレのスーツを強く握る指先だけが白くなっていく。

迫る救急車のサイレンの音が酷く遠くに聞こえた。




ユ ー サ イ ジ ア を









(君の言葉に縋ってしまう僕)


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090813初出
110109加筆・修正
随分と昔の作品だったので、恥ずかしくなって修正。
うわぁ…よくもこんな文字の羅列を…お恥ずかしい!
とはいいつつあんまり変わってませんが。
実はこれの前後の話もあるんだよとか言ってみる。
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