《2.優しそうに見えますか?
「…楽しいですか?」
並盛駅前の繁華街。
その一角の喫茶店に僕らはいた。まだ正午前なのに飲食店には客がぞろぞろと入り始めた頃。
僕は、美味しそうにメロンソーダを飲む凪さんに微笑みながらそう尋ねた。
「私、こういうの初めてで…」
でも、と彼女は続ける。
「楽しい、です」
あれから僕たちは学校に行かず、繁華街でぶらぶらと歩き回った。
平日の午前というだけあって、学生は全く居ない。
(さすが、と言うべきですか…風紀委員長の力は凄いですね)
勉学に励んでいるかはともかく、朝から学校をサボる命知らずはいないようだ。
彼女は心配していたが、学校には僕の用事に付き合ってると伝えてあると話すと安心した表情を見せた。
実際、郊外に用事があるので彼女に嘘は吐いていない。
…ええ、嘘じゃありません。
「あの、六道先輩…用事済ませなくていいんですか?」
ふと凪さんがメロンソーダのクリームをつつきながら訊ねる。
「あぁ、大丈夫です。帰りに寄りますから。…それより凪さん、」
「はい?」
「その先輩っていうの、止めません?」
「えっ」
「六道…いえ、骸で構いませんよ」
「で、でも先輩ですし!」
「ではこうしましょう。生徒会副会長命令で、『先輩』は禁止」
そう言って僕が笑うと凪さんは困った顔をした。
大方、なんと呼べばいいのか悩んでいるのでしょう。
そんな彼女は少し悩んだ後、
「じゃあ…骸様?」
「さ、ま…ですか?」
「私せんぱ…骸様のこと尊敬してますし、」
「…凪さんお願いします、せめて『さん』にして下さい」
『様』なんて呼ばれたら『先輩』呼びを止めさせた意味がなくなってしまう。
名前で呼んで欲しいというのが本音だが、『様』よりはマシだと自分に言い聞かせた。
それに『先輩』よりは距離が近くなった筈だ。
それより気になるのは『尊敬=様付け』なんてどこで覚えたのかということだが。
「…骸さん?」
こてりと首を傾げ、大きな目で上目遣いに僕を見る。
分かってます、彼女は天然かつ純粋無垢。
意図的にやってないのは知ってますよ。
だが、それはそれで大問題。
彼女が可愛いのは以前見かけたときから思っていたが、これは反則ではないんですか。
いや反則でしょう。
反則の筈です。
反則に決まってる。
反則でない訳がない。
可愛いにも程がある。
「そうだよね、やっぱ可愛いよねぇ凪チャン」
「そりゃあ可愛い…って、は?」
ちょっと待て。
いや、まさか。
このふざけた調子の声は。
背中に冷や汗が伝う。
(不本意ながら)聞き慣れてしまったそれに恐る恐る振り向いた。
「白、蘭!!」
「やだなぁ骸クン!そんな恐い顔で睨まないでよ」
そこにいたのは同級生であり、従兄弟であり、そして帰りに用事で寄ろうと思っていたその人本人だった。
面倒な奴に見つかった、と内心溜息を吐く。
学校を欠席したのは知ってますが何故ここに居るんですか。
『仕事』はどうしたんです『仕事』は!
欠席の理由として表向きは病欠となっているが、実際は奴自身の『仕事』の都合の為。
白蘭はああ見えて、マフィア・ミルフィオーレファミリーのトップの座に若くして君臨できる程の力量の持ち主だ。
そういう事なら沢田綱吉も同じだが、彼の背負うボンゴレファミリーの方が組織的、地位的、資本的にも上であるためミルフィオーレは名目上ボンゴレの傘下に入っている。
まあ、本人は僕同様、ボンゴレの下についた気はさらさら無いようだが。
じとりと睨むと奴はひらひらと手を振って、
「いやぁ、なんか見知った顔がいるなぁなんて思ったら骸クンと凪チャンでさ」
あはは偶然だねぇいやこれはもう運命かな、などとついには宣いやがった。
僕はあからさまにどん引きしながら
「止めて下さい気持ち悪い。僕はあなたとそんな運命だなんて、」
お断りですと続けようとしたのを遮って
「えー違うよ骸クン。運命なのは、」
いつの間に動いたのか凪さんの後ろに立っていた奴はギュッと彼女を抱きしめてにやりと笑った。
「ボクと凪チャンだよ」
凪さんは真っ赤になってあたふたと戸惑っている。
そんな彼女もとても可愛いらしい。可愛いらしいが、
「白蘭、今すぐその不快極まりない手を凪さんから離しなさい」
「えー、やだ」
と頬を膨らませて駄々を捏ねる子供のように彼女に擦り寄った。
おい、離れろ。調子に乗るな。
僕はにっこりと笑って
「そういえば白蘭」
「んー?」
「確か貴方、一昨日カートいっぱいにマシュマロ買ってましたよね。あれって生徒会の経費から落としたんでしょう?」
「え、」
先程までのにやにやとした挑発的な笑顔は、既に引きつった笑みへと変わっていた。
顔色もどこかしら悪い。
ざまあみろとほくそ笑みながら僕は続ける。
「他にも甘いものばかり買ってましたよねぇ…でもあれ殆どブランド物ですよね?高かったんじゃないですか?僕はやはり生徒会副会長として身内が起こした不祥事でも会長のボンゴレに報告しなくては「ごめんなさいほんとマジごめんなさい骸サン」
それだけは止めてくれと手を合わせて懇願する。
数年前までは頼りなくて甘っちょろい、ただのヘタレだったあの沢田綱吉が、今ではにっこり笑うだけで守護者どころかヴァリアーでさえ背中に冷や汗が流れる程の腹黒い立派なボンゴレ10代目になったのだ。
確かにまぁ…怖いだろう。
「全く、仕方ありませんね。今回だけですよ、白蘭。貸し一つです。覚えておいて下さいね」
こくこくと青ざめながら首をふる白蘭はなんだかトラウマを思い出したようで、パラレルワールドがどうとか、翼をもぎ取られたとかなんとか言いながらずっと自分の背中をさすっていた。
…そういえば以前白蘭と沢田綱吉が衝突していた、なんて時期がありましたね。
そんな彼の様子に少しだけ、ほんの少しだけだが、彼が可哀想に思えた。
繁華街、副会長とサボタージュ
(そうそう、僕、これから『さん』付け止めるので)
(えっ)
(ちゃんと『先輩』は止めて下さいね、凪)
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101207
先輩呼び止めさせたけど、先輩呼びもいいな。
ってかクロームが骸に『様』付けでなく『先輩』って呼んでる図を思い浮かべたら非常に萌えた。
どうにかして『先輩』ってがっつり呼ばせたい…!!