Reason
最後のプライム
『─…俺は今まで、たいして何も残せないままここまで生きてきた。だが最後は違うぞ。オプティマス、お前は最後のプライムだ。自分でも気づかない力を秘めている。俺のパーツを使え、今までにない力が出せるはずだ』
ジェットファイアが、その青く光るスパークを機体から抜き取った。
『…運命を…全うしろ!!』
ぐしゃりと倒れたジェットファイアを、オプティマスは静かに見つめた。犠牲を無駄にはしない。悼む時間も、賞賛するゆとりさえ、今はない。ラチェットが、素早く指示を出した。
『ジョルト、電力供給だ!アフターバーナーを移植しろ!』
ジョルトも素早く仕事にかかった。エネルギーがオプティマスに流され、ジェットファイアのパーツがオプティマスにはめこまれてゆく。どんどんそれは見違えるほどに形をなして、オプティマスの背中には、翼が出来上がった。
完全に回復し、数段のエネルギー補強を終えたオプティマスが立ち上がった。一人ではない。
『──出動だ』
オプティマスはジェットファイアの犠牲から得た機能で飛びたち、マトリクスの白き光を確認し、ユマの生体反応を素早く確かめた。
まだ辛うじて生きている。
幾らか希望を持ち彼女のいる場所を特定する。
──マトリクスと同じ場所。
『──……!』
"絶望する方法"、
何から何まで堕落しきったあの存在は、太陽の光を吸い込むあの装置に彼女を突っ込み、エネルギーで煮やし、溶かし、彼女自体を消すつもりなのだ。
ユマが何をしたと?
───もう許すわけにはいかない。地球から太陽まで、光速でも8分30秒。それだけあれば充分だ。
そこまで思ったところで、宿敵と古代の堕落者を、視覚センサーが捉えた。そこにたどり着く間に、一度だけ攻撃を浴びせる。無闇に武器を使えない。彼女を助けなければならない。
素早くフォールンにつかみかかり、メガトロンを蹴り落とす。
ユマはもがきながら、わずかにその磁力のようなものが緩んだ瞬間を感じた。
フォールンの拘束は、オプティマスの攻撃により緩和したのだ。
「オプティマス…!」
目の前に見えるトランスフォーマーは3機。こうしている間にも装置の軌道は地球を超えて太陽に向かってまっすぐに進んでいるはずだ。
「─………っ、」
熱くなったマトリクスに手を伸ばす。拘束された力にめいっぱい反発した。
「く…ぐ、う、」
マトリクスの熱は、ユマの手を溶かしそうだった。眩しくてたまらない。
やっとの思いでそれを掴む。
これさえ外せば、これさえこの装置から外せば、
ぐっとマトリクスを引き寄せる。
胸と、握った手が火傷をしたように熱い。
「ぐ、あああああっ!」
『ユマ!!』
オプティマスはフォールンをはねのけ、ユマを掴んだ。
その瞬間に飛び上がる。オプティマスは素早かった。すんでのところでフォールンはオプティマスをつかみ損ねた。
浮き上がったオプティマスは、グレートマシンに照準をロックし、思い切り撃ち抜いた。もうこれによって地球が太陽を失う事はない。拳の中でマトリクスを抱き締めてうずくまるユマからは、小鳥のような心拍が、その体からオプティマスに伝わっている。いつものように。状態を見てオプティマスは安堵した。
ユマはオプティマスの中で目を開けた。服は焼け焦げたが、あんなに熱かったのに不思議なことに手のひらも胸元も火傷していなかった。
手の内では穏やかさを取り戻した青白いマトリクスの光が見える。
ほっとしたのも束の間に、掴まれた拳の中に衝撃が走った。
オプティマスがメガトロンを撃ち、フォールンにつかみかかり、三体がピラミッドを落下しているのだ。ユマは懸命にしがみついた。
叫び声をあげながら落下した三体はそれぞれ別の場所に落ちた。オプティマスはさっと遺跡の柱の陰にユマを放した。ユマはごろごろと地面を転がる。
『─ここにいろ、すぐに戻る!』
そう言い残し、オプティマスは体を翻した。
金属音が聞こえる。
殴り合い、撃ち合う音。
フォールンと、オプティマスと、メガトロン。
ユマは固唾をのんで見守った。
『死ね!兄弟たちのように!!』
フォールンが攻撃するも、オプティマスは簡単にそれを防いだ。
『お前にとっても兄弟であったはずだ!』
折れた柱を振り回し、背後のメガトロンにも応戦した。
『この俺が破壊してやる!』
オプティマスはそれを受け、素早く交わし、そしてメガトロンの顔を至近距離で撃ち抜いた。
『ぐあああああ!』
さらにあの巨体を吹き飛ばすほどの威力を持った攻撃を浴びせた。
圧倒的な力。
遺跡の壁面は突き破られ、メガトロンはまるで闘技場の外に追いやられた戦士だった。たまらず部下の名前を呼んだ。
『スタースクリーム!』
苦しそうな声が最後、もう後は堕落者とオプティマスのみになった。ユマは崩れ落ちる瓦礫を避けながら、その動向を追った。
『──刃向かう気か?私はプライムだぞ!』
『お前はその名を既に捨てている、自分の兄弟を殺した時にな。今生き残るプライムはただ一人、その私は先祖の仇を取る!!』
フォールンは先程取り付けたばかりのジェットファイアの片見であるパーツの片方をひねりつぶした。だが、オプティマスは怯まなかった。
柱の陰にいる小さな存在を、オプティマスは確かめた。
辿り着いた、新たな故郷。
友がいる、故郷。
友と愛が再び導いた、故郷。
──地球。
『選んだ星が悪かったな!!』
フォールンのロッドを掴み、それを持ち主の脳天に突き立てた。
フォールンが吐き出した、苦しみの声は、驚愕と衝撃と苦痛の表情にのまれていく。
ユマは息を止めた。
『その顔を…剥いでやる』
外装を剥がされ、内部構造が剥き出しになった堕落者は、宇宙で最後のプライムの復讐を受けた。それは、その彼が奪い続けた幾多の命に相当しうるものでない。失われた命は戻ることはないのだ。
『──私は立ち上がり───お前は地獄に堕ちるのだ』
遺跡に爆音が轟く。
もう二度と復活はかなわないであろうと思われるほどの、完全なる破壊だった。
『──そんな、まさか』
メガトロンは愕然とした。背後にいる側近はつめたかった。
『貴方が腰抜けというわけではありませんが──、時には、腰抜けの方が、生き延びる』
スタースクリームはそれだけ言うと、先に飛び立った。
メガトロンも続いた。
『これで終わりではないぞ………』
継ぎ目を一本ふさぎ忘れていたからか、フォールンに破壊されたからかは定かではないが、オプティマスの背後の装備は、もろく崩れ落ちた。
崩れ落ちてからユマは気がついたのだ。
それがジェットファイアのパーツであることに。
ユマは涙を堪えた。いっぺんにいろんな事が起きすぎた。悲しみの犠牲があった。
『──ユマ、どこだ』
武器を格納し、オプティマスは彼女を呼んだ。ユマは立ち上がり、ゆっくりと溶解した鉄を吐き出しているかつてのプライムを出来るだけ見ないようにオプティマスのもとへ走った。
オプティマスがユマをゆっくりとすくい上げる。
『……すまなかった、ひとりにして』
ユマは首を振った。砂だらけでぼろぼろの服で、ただ首を振りながらオプティマスの指にしがみつき抱きついた。生きている。オプティマスが、オプティマスが生きている。
「…よかった…本当に…!」
海沿いの廃村では、オプティマスの姿が見え、誰もが安堵した。手中には、元気に手を振る、ユマが見えた。
ミカエラとサムは抱き合い、互いの距離がまた近くなったという意味の会話をした。
そこに家族も歩み寄り、助かった事を噛み締めた。
シモンズとレオも無事だった。いい仕事したな、とレノックスが評価した。
世界が平穏を取り戻してゆく。
結束したこの日の夕暮れにしばしの平和を願い、オプティマスはバトルマスクを解除した。
手の中のあたたかい存在を確かめながら。
09/08/09