Reason
魔法の砂を握り締めて
「あそこだ」
荒野を全速力で走るバンブルビーの中で、サムが呟いた。前方につき上がる照明弾を見つめた。
レノックス達が着いたのだ。あの場所が座標通りの場所か、少し離れた場所かのどちらかだ。
予期しない場所から凄まじい爆音が聞こえ、一気に前方が砂煙で弾けた。バンブルビーの中にいても、その耳をつんざく音は車内の全員を震え上がらせるには充分だ。爆音がして、次は目の前の道路に着弾。
三発目で、ユマはやっとこれがディセプティコンの攻撃であるというのに気がついた。サムと半分こにした、マトリクスの砂を入れた靴下の片方を握りしめる。その時、隣で堰を切ったように泣き出した者がいた。不本意ながら巻き込まれてしまった、レオだ。
「ぶああああもういやだ死にたくないよおおおああああ」
レオやめて、それどころじゃないでしょう、とミカエラ。サムもシモンズもうんざりしている。
「うあああいやだうあああ」
「オイ、誰かコイツを黙らせろ、」
「うあああ」「黙れって」
「うあああああ」
「もう我慢ならん!」
シモンズが押しつけたのは、スミソニアン博物館で大活躍したスタンガンだった。レオを有無を言わせず気絶させた。
「砂煙のなかに隠れろ!」
その作戦は正解だった。それはオートボットの中でも身軽さがウリなジャズやバンブルビー、ツインズにとっては得意技に入る。バンブルビーの前に息のあった双子が出てきて、不規則にジグザグ走行を始めた。砂煙がさらにあがり、あっという間に四台の車は隠された。ディセプティコンに出来ないこと、戦う目的で作られた戦闘機や戦車は優れているかもしれないが、能力は使い方次第でどんなものにでもかなうものだ。
スタースクリームとツインズが作った砂煙の中をすいすいとバンブルビーは走っていき、拓けた土地に出た。相変わらずの砂漠と荒野だが。全員がオートボットから降りた。
「ジャズ、バンブルビー、君たちは囮になって!僕らはオプティマスのところへ行く」
サムが短くそう言い、靴下を持ち上げた。ミカエラと手をつなぐ。
『よし、任せろ!』
ジャズもそう答え、無人のソルスティスとカマロは互いをクロスさせながら走り去ったシモンズはスキッズの方へ向かった。
「私はこいつらと敵の攻撃を引きつける」
シモンズは一度サムを見て、それからユマを見た。
「"魔法"が効くといいな」
それに対して、ユマが力強く頷いた。
「ありがとう」
走り去る若者たちを満足げに眺めた後、シモンズはスキッズに乗り込もうとした。
「祖国に見捨てられた男が──、ただ一人─」
「おい、置いていくな!」
空気のように忘れ去られていた、レオだ。
「いや止めとけ、男気が通用するのはここまでだ」
「あんた俺を試しただろ!?俺は一緒に行く!感電させた借りを返せ!」
「ああ、ああ分かった。お前はパスしたな」
二人でスキッズに乗り込んだ。
「よし、このマエストロが運転してやるからな、お前のすごいところを見せてやれ」
エップスが飛行音でかぶりをあげた。
C-17にしては音が高く、鋭角的な見た目は肉眼でも確認できた。双眼鏡を覗きこむ。
「…F-22ラプターだ。一機だけで…、エイリアンのタトゥーだらけじゃねえか。空軍じゃないな」
その瞬間、グググ、と磁波のような、なにか不気味な電子音がヘッドセットで響いた。電話を切られたあとのような静寂。
妨害電波がラプターから出されたのだ。
「だれか聞こえるか!」
「応答しろ!応答しろったら!」
レノックスのため息のあと、エップスがヘッドセットをもぎ取る。
「クソ…!」
「砂漠のど真ん中で通信できないなんて、この先ヤバいぞ」
司令センターにいるモーシャワー宛てにかかってきた電話は、今通信が最も必要な部隊ではなく、今一番不必要な人物だった。
「──青いコードを引けと言われたんだ!!」
ギャロウェイ補佐官である。
「ええ、分かっています」
「──ここはどこなんだ!?」
受話器の向こうから、カタコトの英語が聞こえてくる。ユナイテッドステイツ?と聞き取れた。多分現地の人だろう。
「──違うッ!そんなわけがあるか!私がアメリカから来たんだッ!」
受話器を元の位置に戻す。モーシャワーの肩が上下し、これ以上ないくらいのため息をついた。
「親愛なるギャロウェイ氏だったよ。何故部下との連絡が一切途絶えてしまったというのに、彼からの電話は繋がったんだ?しかもエジプトの、砂漠の、ど真ん中で」
何かがおかしい。
モーシャワーは頭を抱えて苛立ったように俯いた。
「応答なし」
どこからともなくむなしくつぶやく声がした。レノックスが指示を出す。
「煙で"SOS"の合図を出せ、衛星から見えるように」
「了解」
作業にかかり始めた兵士がガソリンを集め出した。
「もっと照明弾を打て、サムとユマに分かるように」
高台でサムとユマは、レノックス達がいる場所を確認した。照明弾が絶え間なく撃たれている。
「あそこだ、あと3キロってとこかな」
サムはミカエラの手を引き、ユマはその前を走った。時々逆転した。砂漠の白い砂を踏み、遺跡を抜け、喉がカラカラになりながら、こんなに走ったのはいつぶりだろうと思っていた。
そうして走っているうちに、頭上で恐ろしいものを見た。隕石だ。重厚感のある落下音は、爆発音とは違う。シュンシュンと、まるで流星群のように落ちてくる隕石を見上げて眺める暇もなく、三人は必死で走った。
作戦司令部のモーシャワーは苛立ちを隠せなかった。レノックスと連絡が取れない。時間としては長いと思える時間。モニターに映るデータ画面は全く火元さえない。
これはどういうことか。
「レノックス隊は最新の量子暗号通信機を採用している、──なのになぜ、いっこうに連絡がつかない?」
副官と技術兵にそう言うと、副官から答えが返ってくる。
「あらゆる周波数で呼びかけを続けています」
モーシャワーは頭を抱えた。
「…どうもおかしい」
警戒に対するデータ画面が静かすぎるという得体の知れない不安感は、長年の経験が培った勘でわかる。これは──罠かもしれない。
「──ヨルダン政府に協力を求める、無人偵察機を送る許可を。一刻も早く現地の映像を確認するのだ」