Reason
責任の取り方
荒廃した刑務所跡に不釣り合いである人の気配が、フェンスの向こう側から感じ取れた。微かにだが会話が聞こえる。
「止めようがなかったわ」
ミカエラの声。
ジャズと静かに入ったつもりだったが、彼の大きな足は、あたりの枯れきった草木をめしめしと踏みつけて、その場で暖をとっていたサムとミカエラ、そしてバンブルビーが身構えた。
そしてその対象が敵ではないと分かって、皆は胸をなで下ろした。
『無事か』
ジャズの短い問いに、バンブルビーが頷く。ミカエラも頷いた。だがサムだけは、いたたまれない顔をした。
「ジャズ、ビー、ユマ、僕を恨んでいいよ」
そばにあった、もう草木と同化しつつある廃車に手を置き、サムは声を震わせた。
「…僕のせいで死んだんだ」
目頭をおさえ、それからこみ上げるものを飲み込んだ。このサムの痛みは、誰よりも理解できる。自分はあの場にいた。
誰よりも早く言葉を発したのは、バンブルビーだった。
『"それでも"…"君は…"、"僕の一番の"…"友達だ"…"必要なときは"…"そばにいるよ"…』
サムは首を振る。
「全部僕のせいだ、僕が悪かったんだ」
『…"変えられない…"、"ことだってある"…』
「…僕は、責任を取らなくちゃ」
バンブルビーに歩み寄ったサムが、決意したように言った。
「…自首するよ」
「行っちゃだめよ」
ミカエラが制止した。
『…"彼の犠牲を無駄にしてはならないッ!!"…』
バンブルビーの言葉は的をついていた。
それまで黙って話を聞いていたジャズは、小さな人間達がいる空間を軽快にジャンプして、廃車に軽々しく腰掛けた。廃車が少しだけ潰れた。
『そうだぞ、何を言ってる』
ジャズに振り向いたサムは、悲しそうに抵抗した。
「僕は…、責任をとらなくちゃならないんだ!」
そう言ったサムに、ゆっくりと歩み寄った。
「それじゃ責任の取り方が違う。オプティマスは、サムがオールスパークに関わる重要なものを持ってるって、そう言ってた。それを狙ってるディセプティコンを全力で阻止するって」
「……」
「彼がそうしてまで守ろうとしたことだから、これはもうサムひとりが犠牲になったところで、暗転はすれど好転はしない、少なくとも私たちにとっては。世界規模の問題なはず」
「…………」
サムは、ユマが一番辛辣に言うと思っていた。
どんな風に泣き叫ばれて、彼を返してと泣かれるんだろうと、そう思っていた。だが彼女は誰かのせいにする言葉を一言も発しなかった。彼女が紡ぐ言葉は、オプティマスの放つ言葉と同じ威力がある。
「…オプティマスがいない今、それを守ることが出来るのはあなたしかいない」
ユマがおもむろに、シャツの中から、首に下げていたものを出した。
ミカエラも、サムも、ゆっくり、そして不思議そうにそれを見つめた。
「彼のスパーク。まだ消えてないの。光ってるの、」
ユマは震える声をなんとかおさえて、続けた。
「希望を捨てちゃ、…だめだって、」
ユマが背中を丸めて泣き始めて、ミカエラはもらい泣きしそうになりながらユマを抱き締めた。
それを見たバンブルビーが素早くカマロの姿になる。エンジンをふかせ、急かすように何度もサムをつついた。
『…"我々の今日までの努力がッ"…"1日で泡と消える!"…"みんなで"…"協力しなければ"…』
それに急かされるように、サムは決意してごくりと息を飲み込んだ。にぎやかな双子、そして頼れる副官。サムはそれらを見つめて腕を見せた。
「ねえ、これ何だかわかる?」
オア?とすっとぼけた双子は一斉にサムを見た。ジャズも同じようにそれを眺めた。
『んあ、それ…アレだよ、えーと、サイバトロン星の言葉だなァ』
スキッズの言葉に、サムは身を乗り出した。
「よ、読める!?こんなのがたくさん頭の中をグルグルしてるんだ!!エネルゴンのありかの地図、道しるべ、なんて書いてあるか、読める!?」
『イヤ、俺たち字を読むのはちょっとニガテで…』
ジャズが割って入った。
『それは古い言語だ。俺達の時代より昔のヤツが使っていた』
ジャズの言葉に、それまでミカエラの胸を借りていたユマが、かぶりをあげた。
──この言語は、我々の先祖が古代に使っていた言葉だ───
サムは、パニックになっていたから忘れていた事を、電撃が走ったように思い出した。メガトロンの言葉だ。
──小僧が道標だ!!そして貴様が無意味にこだわるそこにいるもう一人の虫けらは、それを訳す!
「ユマ…「それは"収穫《ハーヴェスト》"だと思う」」
その場にいた全員が、ユマを見た。
サムが今まさに聞こうとしていた事が、結果で返される。
サムは、興奮を隠しきれないように夢中で記号を書き出した。
「…"始まり"、これは…"短い…剣"、これは数字の…"3"、それからこれは…"向こう"とか、"先"、みたいな意味かな、ええと…多分これは"王"」
全部を聞いても、この場にいた全員が、何のことをいっているのかわからなかった。そんなユマも、全くわからない。謎々を解くよりも曖昧にしか、訳せなかった。
「…ごめん、はっきり訳せなくて」
エネルギーを必要以上に使い、体力を憔悴した二人を、ミカエラは労った。
「凄いわね、勉強したの?オプティマスから?」
その問いに、ユマは首を振る。
「ううん、なんとなく、わかるようになってきて…」
「もっと詳しく調べないと。…読める奴を捜そう」
サムはまだ記号とにらめっこをしていたが、双子の声で振り返った。
『腰抜けが戻ってきたぜ』
バカにする笑いを背中に受けながら、戻ってきた腰抜け──レオは真剣な表情でサムに言った。
「読める奴を一人だけ知ってる。ロボ・ウォリアーだ」