Reason
宇宙人とのキスの味
大学の中はパニックになった。
どうにか学生寮を離れた一行は、反対側の校舎をつなぐ階段を喉がからからになりながら登り切り、校舎内の図書館に逃げ込んだ。騒ぎがまだ浸透していない図書館は静かに汗だくの四人を受け入れたが、周りの人間はどこかの変人たちが紛れこんできたな、ぐらいにしか思っていない。視線は冷たいが一瞬で読んでいる本にそれは戻る。
走り込んで、例えるなら、本気で鬼ごっこをしているような必死な形相の四人は、息を切らしながら隠れる場所をさがした。
座り込み、目線だけを泳がせながら、とりあえず落ち着かなきゃ、と何度も心の中で自分に言い聞かせた。
けれどそんなおまじないよりも、遥かにこの状況に慣れている(こういう事に関しては先輩である)、さっき別れたばかりの若い二人の言い争いと、あえて空気が読めていない知り合ったばかりのサムのルームメイトの態度で、なんとか本来の自分の冷静さを取り戻した。
「俺、あいつと夢の中でエッチした!!」
必死の形相で、くるくる頭が、隣でそう言った。
…だからなんだというんだ。
ミカエラはその反対側の隣で、憤りをサムにぶつけた。
「私がいなくて寂しかったようね!!」
声を殺したミカエラはこれ以上声を殺したら血管が切れそうというくらいに怒っている。
「僕は悪くない!僕は被害者なんだ!!」
「被害者!?何の!?何のよ!!??」
サムも負けじと声を必死で殺している。
「セクハラだよ!牛に押し倒されたようなもんだ!彼女はエイリアンだ!!牛にキスされたようなもんだよ!」
「だからって舌を入れることないじゃない!!」
「入れてないよ!!」
「入れてた!!」
「長い牛の舌を喉に突っ込まれる身にもなってよ!!」
戸惑いながらも、割って入った。
「今の状況…わかってる?」
なんとなく、そうしなくてはならない気がして、声を殺した。構わずに喧嘩をし続けるカップルに頭痛がしてきたのは気のせいか。
「それに…彼女、臭いんだ!ディーゼルの匂いがプンップン!!!!」
サムは言い切った後、同意を求めるかのように、こちらを見た。
「…ユマなら僕の伝えたい事、分かるよね?」
サムのいわんとする事を察知して、呆れが怒りに変わった。とんだとばっちりだ。
「そんな匂いしないよ!」
オプティマスのキスは電子音はわずかにすれども、今まで金属の匂いさえしたことがない。
「ユマ!助けてよ!君も見ただろ?僕は彼女に騙されたんだ!」
ミカエラが横で憤ってまくし立てる。
「いい加減言い訳するのやめたら!?」
サムは支離滅裂の強行突破を試みた。
「よし、じゃあ10秒間お互い黙ってよう。喋らない。分かった?」
無言で指折りカウントするサムに呆れてため息をつき、ミカエラは更に逆なでされたように憤り、口の端を歪めた。
「何よサム!!無視する気!?」
「あと三秒」
サムの指が目分量の秒を刻む。
「いいわよ、無視したきゃすれば?でもこれだけは言わせて」
10秒を数え終わったサムが身を乗り出した。
「なに?」
ミカエラは睨みつけて、憎しみをこめてサムに言い放った。
「今まで楽しかったわ!!あなたとはこれで終わり!」
それまで黙っていたルームメイトのくるくる頭は今まで恐怖に支配されていたものの、やっと震えを抑え、こちらを舐めるように眺めた。
「君、新入生じゃないよね?」
ミカエラがひどい顔をした。軽蔑しきった目だ。
「あんただれ」
「レオ・ポンス・デ・レオン・スピッツ、この事件の鍵を握る男。エイリアンは俺を追ってる!俺のサイトが"ヤバい"から!」
ミカエラと同時にあわれんだ表情をした。最終的に、興味がなくなって、とりあえずため息をついた。
その時、書棚のひとつが耳をつんざく音を立てて吹き飛んだ。本はただの紙切れとなり宙を舞い、不自然な煙を立てている。ゆっくり読書を楽しんでいた学生等は悲鳴を上げて逃げ始めた。
"牛の舌"の女がきたのだ。
「隠れろ!!」
階段も何も使う余裕はない。無理やり下段に飛び降り、本棚を隔てて、閲覧テーブルの下へ逃げ込むサムが見える。その隣にあるテーブルの下に身を潜めた。
サムが必死に叫んでいる。
「ミカエラ!!!」
容赦なく撃ち続ける華奢なディセプティコンは、尋常ではない破壊力で、棚を貫いていった。
幸いにも、牛の舌女が大穴を開けた壁から、外に出られた。ミカエラは、ピンヒールを脱いでいた。
「急げ!」
「逃げろ!」
「爆弾だ──!!」
口々に叫びながら逃げ出す学生に紛れて、ああ、スニーカーに履き替えておいて良かったと心底思った。いつものことなら、きっと苦労せず処理が出来るのかもしれないが、この現状は、"何か"が起こってしまった後なのだ。