負の感情そのものであるオレが生涯抱くはずのないこの想いは、オレには相当似合わない色彩と明度で着飾っている。温かくて、明るくて、どこか懐かしくて安心出来るこの感情に名前をつけるとしたら、何とつけるのだろう。人間達は、この想いをどういう名称で呼び、どう抱いているのだろうか。

「なぁ、ディセンダー…ちょっといいか?」
「?なに、ゲーデ」

 この不確かな想いの正体を暴くため、オレはディセンダーに声をかけた。華奢な体がオレと向き合う。さらりと揺れた髪は正に綺麗と名付ける存在に相応しいと思った。

「……最近、お前を見ると、オレの心臓がどうも可笑しいんだ」
「………え?」
「ドキドキ…?という音が鳴って止まらないし、だんだんと鼓動が強くなって速くなる。顔も、心なしか赤くなる気がするんだが、」
「………」
「それと、お、お前の傍にずっといたいと思うし、何より、お前の隣にいると安心出来て幸せになるんだ。…この感情の名前は、一体何だ?前のオレにはこんな感情、宿っていなかった。お前が、オレにこの感情を植え付けている。……ディセンダーになら、答えが分かるだろう?」

 再び動きを加速し始めた左胸に意識を向けつつ、オレはディセンダーを見つめる。ディセンダーは、焦っているような嬉しそうな、少しそわそわしている表情をしていた。

「…………ゲーデ、」
「な、なんだ!!」

 名前を呼ばれただけなのに、何故か嬉しくなる。ディセンダーと目が合っただけなのに、何だか良い気分になれる。不思議な気持ちだ。

「それって…ゲーデ、多分、恋してるんだよ」
「…………こい?」
「う、ん。」
「こい……人間達の間で育まれる、あのこい、か?」
「た、多分だよ!多分だけど………多分、恋だよ」
「だがオレは負の感情だ……そんなオレが、恋…?」
「……ゲーデが負の象徴だからとか、あたしがディセンダーだからとか、そういうことじゃないよ。ゲーデが笑うように、ゲーデが悲しむように、ゲーデが怒るように、ゲーデが嬉しがるように、恋だって、自然にするもんなんだから」

 ディセンダーが少し得意気に笑う。微妙に眉が下がっていた。恋………恋とは、こんなにも苦しくなって、でも不思議と心地よくて…オレにはよく分からない感情だ。……だけど、

「……お前は、オレのこと、どう思う?誰かを見るとオレと同じように、心臓が煩くなったり、顔が赤くなったり、そいつの傍にいたいって思ったり…すんのか?」

 ディセンダーと、愛する者とこんな気持ちを共有出来たら嬉しいと、その瞬間心から思った。じっと見つめながら言うとディセンダーは顔を真っ赤にし、えぇ!?と大声で叫ぶ。…何だか愛しい。これが、恋か。

「どっ……どうなんだ?こんなにドキドキすんのは、オレだけ、なのか?」
「……………」

 ディセンダーは目線を下げて唇をきゅっと結ぶと、意を決したように突如オレを抱き締めた。抱き締めたと言うよりは、抱き着いた、と表現した方が正しいだろうか。オレは思わず硬直する。ドクドクと煩いオレの心臓にリンクするかのように、もう一つどこからか心音が聞こえた。ディセンダーの、こころだ。

「ゲーデだけじゃないよ…あたしも、恋、してるもん。勿論ゲーデに、ね」

 自然と自分の腕がディセンダーを強く抱き寄せていた。体から伝わってくる鼓動の速い心臓も、林檎のように赤い頬も、緩やかな弧を描いている唇も、全部全部、ディセンダーのなら可愛いと思う。あいしてる、そんな単語が頭を過った。

「あいしてる、ディセンダー」


 だからオレの傍で、ずっと、生きてほしい。酸素を求めるように、オレのことを求めて。




君に盗まれた恋心




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2010 1018
企画『酸素』提出作品