ロマノン | ナノ

07


 あれから三週間。ひたすらバイトと修行を繰り返した。なにはともあれ練ということで、毎日水見式。

 ワイングラスがないのでマグカップでやってもいいですか? って聞いたら、「キミの実力じゃコップが分厚いと水まで念が届かない」と言われてしまった。店長がグラスくらい貸してやるって言ってくれたけど、割っちゃうかもしれないから100均で買った。そしたらほんとに割った。借りなくてよかった……。

 ちなみにムジナさんは、「毎日修行を見に来るほど暇じゃないから、一ヶ月後にまた来るわ。それまで毎日サボらず水見式すること。倒れるまでやれ」と言って行方を眩ました。

 放任かつスパルタですか……その二つって両立できるものなの?

 店長も「まあ、まだ基礎的な部分だからな。一人でもできるはずだ」って言ってたから、ムジナさんの言い分も間違ってはないんだろう。

 でもね、店長、毎日いったん家帰った後にまた店に来てるんだよ。俺が部屋で水見式やりすぎて倒れたら、ベッドまで運んでくれてるみたいなの。はじめは無意識のうちに自分で這って行ったのかと思ってけど、グラス倒した記憶があるのに次の日零れた水も何もなくなってて気づいた。

 妖精か! 天使か!! 小人か!!!

 店長マジ店長……感動でちょっと泣いた。元々やる気あったけど、さらにやる気でた。

 しかも、最近はハンター語での会話練習に付き合ってくれてるんだ。読み書きは一人でやっても問題ないけど、発音とか聞き取りは実際に会話するのが一番手っ取り早い。とはいえ、俺のたどたどしい発音を辛抱強く聞いてくれるし、聞き取りやすいようにゆっくり話すのは意識しないと出来ないだろう。なのにそれを日常会話すべてでやってくれてる。

 おかげで俺のハンター語力はぐんぐん上達した。ハンター語自体が簡単だったのもあり、今では日常会話に支障が出ることはなくなっている。

 もうなんていうか、天使ですよね? もし今お前が信仰する天使の絵を描けって言われたら俺、ガチムチボディに羽の生えた人を描いちゃうね。

 感謝の気持ちを込めて店長に祈る回数を一日三回に増やしたら、「何増やしてんだ、やめろ」と言われてしまった。未だバレずに祈れた試しがない。さすが店長!

 そして今日はなんと、給料日である! この世界に来てもう一ヶ月経ったからね。今日の仕事が終わったら手渡ししてもらえるんだって!

 とはいえ最初の一週間は日払いだったから、三週間分の給料なんだけど。それでもまとまったお金が手に入るってことで、テンション上がっちゃう。時給750ジェニーとはいえ、毎日働いてるから結構な額になってるっていうね!

 絶対その額分本屋で稼いでないんだけど、どっからお金出るんだろう。そろそろ聞いてみようかな。聞いてもよさそうなことと駄目そうなことについて考えていると、入り口のベルが鳴った。

 ただいま14時23分、本日初のお客さんです……!

 入って来たのは黒髪の男性だった。怪我でもしたのか、頭に包帯を巻いている。よほどスタイルがいいのだろう、シャツにスラックスというラフな格好にも関わらず、モデルのようなオーラが出ていた。

 というか、オーラ出てる。纏してる。

 ムジナさんと店長以外の念能力者を見るのは初めてで、少し焦る。いや、本買いに来ただけだよね? ここ本屋だし。ていうか、なんか見覚えあるような。

 思わずじっと観察していると、視線が気になったのか、お客さんがこちらを見た。

 い、イケメンだ……!

 大学に多い、髪型だけそれっぽくした雰囲気イケメンじゃなくて、本当に顔整ってる。顔のパーツが左右対称だよこの人……! 間違いなく、今まで出会った人の中で一番のイケメンである。

 目が合って、にこりと微笑まれた。

「あ、いらっしゃいませ…」

 気恥ずかしくなって、つい今更な挨拶をしてしまう。

 いや、だって、男でも女でも、綺麗な顔で微笑まれることってなかなかないんだもん。意味もなくむずむずする感覚ってあるでしょ? ないかなぁ。笑顔じゃなくて、微笑みってとこがむずむずポイントなんだけど。

「君、見ない顔だね。最近入った子なの?」
「あ、はい。一ヶ月くらい前からここで働かせてもらってます」

 おお、もしや常連さんか? とイケメンの言葉に安堵する。経営のこととかよくわからないけど、知る人ぞ知る名店的な立ち位置なら客の絶対数が少なくてもやっていけるのかもしれない。

「そうなんだ。オレが来たのは二ヶ月くらい前だったかな。店長いる?」
「この時間はいつもどこか行っちゃうんですよ。たぶんあと一時間くらい帰って来ないと思います」
「そう……」

 この人、顎に手を当てて考える仕草めちゃくちゃ似合うな。俺がやったら一気にオタク臭いポーズになるだろうに。顔面格差という言葉が頭に浮かんだ。

「あの、もしよかったら伝言とかしますよ?」

 なんとなく、口振りが常連というより、店長の知り合いって感じだったので提案してみた。ただのお客さんなら別に俺が会計しても問題ないわけだしね。わざわざ店長がいるかどうかを聞いたってことはそうなんだろう。

「うーん、いいや。また来るよ。ありがとう」
「いえいえー」

 再び少し考える素振りを見せた後、フワッと微笑まれる。ひえー、イケメンだよー。

 俺が一人脳内でたじろいでいると、イケメンは悪戯を思いついたような顔をした。

「あ、そうだ。実はね、オレがこっちに来てることは言ってないんだ。驚かせたいからさ、君も内緒にしててくれないかな」
「え……」

 なんだなんだ? ムジナさんといい、この人といい、謎な関係の人多いな店長! ていうか「内緒」のところで人差し指を口元に持ってくるこのポーズ! イケメンってすごい。

「駄目かな?」

 俺の反応が薄かったからか、イケメンは眉を下げて尋ねてきた。そんな困ったような表情で聞かれたら駄目とは言えまい。こっちが困るわ!

「大丈夫です! 内緒ですね、了解しました!」
「ありがとう」

 ハイ来ました三度目の微笑みです。もうお腹いっぱい。男の俺にこれだけ笑顔振りまいて、女の人にはどうするんだろ。これが噂の目が合ったら妊娠しちゃう系男子だろうか。

 その後、イケメンは「よろしくね」と念を押して帰っていった。もうしばらくイケメンはいいわ……漂う空気が違いすぎて苦しいよ。帰って来た店長を見てホッとした。店長はイケメンじゃないとかそういうんじゃなくて、店長の何があっても動じなさそうな雰囲気が、見てるこっちにも安心感を与えるんだ。

 安心と信頼の店長……!

「なにバタバタしてんだ」
「えっ」

 俺の落ち着きのなさに気づいたのか、店長が声をかけてくる。決して実際にバタバタと体を動かしていたわけではない。

「それがですね、すごいイケ……」

 ってしまったー! 内緒だったー! 全てを受け止めてくれそうな雰囲気についポロッと言いかけたよ! なんて駄目な奴なんだ俺。慌てて軌道修正を図る。

「い、いけ……イケない雰囲気の、強面の人が来まして」

 どっちかっていうと優男寄りかな!? 別の意味でイケない雰囲気とも言えるけど! 苦しいか? と思いながらも、なんとか言葉を続ける。

「普通にいい人だったんですけど、雰囲気が怖くてうまく対応出来なかったんです。それが申し訳ないというか、気がかりで……」

 我ながらうまくごまかしたぞ! 雰囲気が(別の意味で)怖くてうまく対応できなかったのは本当だし。かなり挙動不審だったと思う。

「よくわかんねえが、ようは本質を見極めたいってことか?」
「うん? うーん、そう、ですね? そうかも」

 なんか急に難しい話になったな。よくわかんないのはどの部分? 雰囲気が怖くてうまく対応できないの部分? 申し訳ないの部分? とクエスチョンマークを飛ばしつつ、話の続きを待った。

「雰囲気なんてあやふやなもんに意識をとられてるから駄目なんだ。目を逸らすな。よく観察しろ。特に、目を見りゃそいつがどういう奴かわかるもんだ」
「あ、はい……」

 やっぱり言うことが渋いな店長。でも確かに、初めて店長を見たときは雰囲気だけで怖い人だと思っちゃったんだよなあ。俺結構感覚で判断しちゃうこと多いからな、と反省する。

 そしてふと、そういえば店長の目ってしっかり見たことないかも、と思った。元々人の目を見て会話するの苦手な方だし。いい機会だと店長の目をしっかり見つめる。

 店長の目は……優しいなあ。眼光は鋭いんだけど、よく見ると優しい目をしてるんだよね。

「……あんまり見るな」

 どっちなの店長!


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