ロマノン | ナノ

05


 辺りのざわついた気配に意識が少しだけ浮上する。分厚く暖かい何かに抱きとめられていて気持ちがいい。

 まだ、もうちょっとこのままでいたいな……

「起きろバカ」
「いたっ」

 微睡みの中でうっとりしていたら、バチンと頬を叩かれた。思わず声を漏らして目を開ける。開いた視界に入ったのは、細い眉を顰めたムジナさんだった。俺を抱きとめている腕は当然店長である。ものすごい安定感。感動しちゃう。

「目ェ覚めた? キミ、自分が何したかわかる?」

 その言葉に現状を思い出し、一気に不安が押し寄せた。

 まさか、俺暴れて店壊した……!?

 慌てて辺りを見渡すが、特に壊れているものはない。次にしっかりと抱きとめてくれている店長を見るも、怪我をしている様子はなさそうだ。今日も素敵な筋肉ですね。浮いた血管が最高に男らしいです。

 最後にムジナさんを見る。ムジナさんも……怪我はなさそう。

 というか、ムジナさんも店長も纏してるし。ムジナさんはハンターだって言ってたからそうだろうと思ってたけど、店長も念能力者だったのか……ますますかっこいい!

「よくわかってなさそうだから言うけど、キミはある力に目覚めた。その力が暴走していたところをウィルが抑えた。いい?」
「え、あ……はい」

 ムジナさんは俺の怪訝な様子を、念を知らないで会得してしまったからだと思ったらしく、念の説明をしはじめた。オーラのことや、纏・絶・練・発の四大行のことなど、基本の部分だ。

 そっか、念ってあんまり一般的じゃないんだっけ。漫画だと皆使ってるから麻痺してた。

「つまり、キミはオーラを出し過ぎて死ぬとこだったわけ。それを防ぐのが纏。見えるでしょ? 身体の周りのオーラ」
「はい……ムジナさんと店長も纏してますよね」
「そう。基本的に非能力者は念能力者に脅威を与えられない。だから私は不審者のキミをほっといたし、ここに預けた」

 え? 単に親切(もしくは面倒)で押し付けたんじゃなかったんだ。そんな打算めいた裏があったとは……さすがハンター。

「どう見ても戦う身体じゃない、念も使えないキミがウィルに危害を加えられるわけがないという確信からそうした。これはバカなことをすればすぐに殺せるという確信でもある」
「…………」

 あまりの言い方に一瞬呆然とする。なんていうか、ちょっとへこんでしまう。いやでも、それだと防犯的に無理なことが可能になるわけだから、当たり前っちゃ当たり前の考えか? 悶々としていると、ムジナさんは溜め息をついた。

「それがまさか念を覚えるなんてね。ウィル、なんかしたの?」
「何もしやしねーよ。なんかやってるのは気配でわかったがな」

 店長から発せられた予想外の言葉に狼狽える。

 えええー、そういうのわかっちゃうの? 筒抜けなの? モヤシがなんかしてやがるぜみたいな?

 アイツキモオタのくせにファッション雑誌買ってるー、と思われるのと同じ恥ずかしさがあるな。いや、被害妄想だけどね? 別にそんなこと言われたことないけど、そう思われるのが嫌で買えないって話。

 俺が一人で脳内言い訳をしていると、ムジナさんが怪訝そうな顔をした。

「なんかって、キミ何してたの?」
「え、いや、瞑想を……」
「瞑想ォ? 武術家でもないキミがなんでまた?」

 うっ、ど、どうしよう。念のこと知ってる風だと「誰から聞いた?」って聞かれちゃいそうだし。それこそ武術家でもないのに知ってるのは不自然だろう。頑張れ俺! 乗り切れ俺!

 なんでって言うと念を覚えたかったからだけど、なんで念を覚えたいかっていうと……

「ま、魔法使いになりたくて……」

 ぐるぐると回る頭で出した答えに、ムジナさんも店長もポカンとする。一拍置いた後は大爆笑だった。ちなみにこの時はじめて店長の笑顔を見た。店長の笑顔プライスレス……! と一瞬テンションが上がったものの、我ながらあまりの稚拙な答えに恥ずかしさが込み上げてくる。なんとか動機の論理性を高めようと慌てて言葉を重ねた。

「いや、ほら、除霊する人とかいるじゃないですか、ああいう人がいるなら魔法使いだって本当はいるかもって……」
「ハイハイ、アカルはロマンがあるね」

 若干涙目でムジナさんは言う。笑いすぎだろ、恥ずかしいぞ!

「まあ、ある意味その発想は合ってるよ。除霊も念能力の一種だから」
「え、そうなんですか?」

 知ってたけど聞いてみる。でしょでしょ! 言うほど突飛な発想でもないでしょ! という気持ちだ。

「うん。正確には除念ね。他者にかけられた念を除去する能力。でもすっごくレアで、多分キミが知ってるような除霊師はニセモノ」
「でも本物もいるなら俺の発想間違ってないですよね? なんでそんなに笑うんですか?」

 尋ねればムジナさんは更に面白そうな様子で口角を吊り上げた。ひどい。

「普通念っていうのは何か特別秀でている能力……例えば芸術とかね。そういうのをもつ人間が開花するものなの。それ以外では、さっきも言ったように武術をやってると最終的には念に行き着く。念を習得しているのとしてないとでは雲泥の差だから。だから、っふ、キミみたいな発想は特殊なの!」

 言いながら再び笑いが込み上げてきたらしいムジナさんに、店長が「ムジナ、笑いすぎだ」と声をかけた。

 店長ぉ……!!

「まあ、ある意味才能はあったんじゃない? 念を習得する才能。平凡な若者が一週間瞑想しただけで纏までいくって異常だよ」
「へ、へえ……」

 それはたぶん、知ってたからだと思う。はじめからその存在やどういうものなのかを事細かに知っててやるのと、本当に自然に目覚めるのとでは全然違うだろう。

 ただそれを言うわけにはいかないので、感得の意だけを表す。すると、笑いが収まってきたらしいムジナさんが髪をかき上げながら言った。

「で、キミの処分だけど」
「えっ」

 しょ、処分?

 予想外のセリフに思考が止まる。ゆっくりと寄越された視線に、意味もわからないまま後ずさりたくなった。

「言ったでしょ。キミがただの平凡な若者だから放置した。でももうキミはただの平凡な若者とは違う。念能力者だ。この街の人間、今の状況なら特に、ウィルに危害を及ぼす可能性がある」

 淡々と落とされた言葉にカッと頭に血が上った。衝動のまま思いを吐き出す。

「なっ……! それだけはありえません! 俺が店長に危害を加えるなんて天と地がひっくり返ってもないです!! 俺は重度の店長シンパですよ!!!」
「ぶほっ」

 店長が噴き出す。ムジナさんはゲラゲラ笑いだした。お腹を抱えて後ろに仰け反るという爆笑っぷりだ。店長がその濃く太い眉を顰めて言う。

「からかうのはよせ」
「本気ですよ!」
「お前じゃねえ、ムジナだ!」
「へっ?」
「ククッ……」

 言われたことの意味がよくわからなくて、今日はよくクエスチョンマークの飛ぶ日だなあ、なんて現実逃避をする。とりあえずムジナさんから漏れた声が完全に悪役である。

「大方お前の実力を見誤ったことに拗ねたんだろう。脅かして憂さを晴らしてんのさ」
「えええええー」

 予想外の言葉に、っていい加減『予想外』がゲシュタルト崩壊しそうになりながらもマジすか! とムジナさんの方を見たら、「だってムカついたんだもん」との答えが返ってきた。

 ムジナさんェ……。拗ねたようにも、単に不機嫌なようにも見える表情でムジナさんは俺を指さした。

「キミ、纏ができたからって思い上がりすぎ。たとえキミが本気でウィルや私にかかってきたところで、瞬殺だから」
「ああ…はい……。そんな気ないですけどね」

 自分から振ってきたくせに、とか言いたいことはたくさんあったが、何を言っても強引に論破されるだろうという気がしておざなりに言葉を返す。なんていうか、うん。ムジナさんって俺様だよね?

 脱力する俺を置いて再び真面目な顔を作ったムジナさんは、腕を組むとよく通る声で言った。

「念は奥が深い。纏ができるというのは必要最低限のスタートラインだ。キミの言う魔法を使うためには、様々な訓練をしなければならない」
「あっ、そのことなんですけど!」
「なに?」

 発について、この一週間ずっと考えていたことがあった。これならいけるんじゃないか、と思える方法が一つある。

「念ってオーラを使って特殊なことをするんですよね? 魔法を……詠唱するみたいに、声に念を乗せるってできます?」
「……魔法を詠唱するみたいにっていうのはよくわからないけど、声に念を乗せるというか、込めることはできるよ」
「おお……!」

 得られた同意にテンションが上がる。

「政治家とか、演説するとものすごく説得力ある人いるでしょ。あれは無意識に念を使ってるの。それを意識的にやれば使えないこともないかもね」
「可能だろうな。その場合放出系の能力になるから、向き不向きの問題があるが」

 原作ではセンリツが放出系っていうのでピンときたんだよな。楽器の音に念を乗せて対象に影響を及ぼす力があるんだから、声や言葉を使って同じことができるはずだって。

「系統を調べたいなら水見式だけど……今日はやめといた方がいいかもね。一回倒れてるんだし」
「あっ、その節は店長、すみませんでした。ありがとうございます」
「気にするな」

 また恩が一つ増えた。いつか必ずこのご恩は返させていただきます、と熱い眼差しを送っていると、ふと気を失っていたのはどれくらいの時間だったのかと疑問が湧く。

「そういえば俺、どのくらい気を失ってました?」
「気を失ってたのは数分だけだ。ムジナが叩き起こしたからな」
「でもキミ、その前に二時間以上瞑想してたんだよ。時間の感覚ないだろうけど」
「えっ」

 なにそれこわい。全然感覚ない。

「誰でもひとつは才能あるって言うし、念を開花させる才能だけはあったんだろうね」

 まだ言うし。ムジナさんひどい。


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